◎聞書
(1)
◎
一 ¬往生要集¼ の上にいはく、
◎
一 ¬往生要集¼上云、
天台の ¬十疑¼ にいふがごとし。 「阿弥陀仏、 別に大悲の四十八願ましまして、 衆生を接引したまふ。 またかの仏の光明あまねく法界の念仏衆生を照して、 摂取して捨てず。 十方におのおの恒河沙諸仏、 舌を舒べて三千界に覆ひて、 一切衆生、 阿弥陀仏を念じて、 仏の大悲本願力に乗じて、 決定して極楽世界に生ずることを得ることを証成したまふ。
▲如↢天台¬十疑ニ¼云ガ↡。「阿弥陀仏別ニ有マシテ↢大悲ノ四十八願↡、接↢引シタマフ衆生ヲ↡。又彼ノ仏ノ光明遍ク照シテ↢法界ノ念仏衆生ヲ↡、摂取シテ不↠捨。十方ニ各恒河沙諸仏、舒テ↠舌ヲ覆テ↢三千界ニ↡、証↧成シタマフ一切衆生念ジテ↢阿弥陀仏ヲ↡、乗ジテ↢仏ノ大悲本願力ニ↡、決定シテ得ルコトヲ↞生ルコト↢極楽世界ニ↡。
-また ¬無量寿経¼ にいはく、 末後の法滅の時に、 ひとりこの経を留めて百年世にあらしめて、 衆生を接引し、 かの国土に生ぜしめむ。 ゆゑに知りぬ、 阿弥陀仏はこの世界の極悪の衆生と、 ひとへに因縁まします。 以上」
◆又¬無量寿経ニ¼云ハク、末後ノ法滅之時ニ、特リ留メテ↢此ノ経ヲ↡百年在ラシメテ↠世ニ、接↢引衆生ヲ↡、生ゼシメム↢彼ノ国土ニ↡。故ニ知ヌ、阿弥陀仏ハ与↢此世界ノ極悪ノ衆生↡、偏ニ有マス↢因縁↡。已上」
(2)
一 ¬要集¼ の中にいはく、 「問ふ。 いふところの弥陀の一身はすなはち一切の仏身なりといふことは、 なんの証拠かある。 答ふ。 天台大師のいはく、 阿弥陀仏を念じたてまつればすなはちこれ一切の仏を念ずるなり。 ゆゑに ¬華厳経¼ にいはく、 一切の諸仏の身はすなはちこれ一仏の身なり。 一心なり、 一智慧なり。 力・無畏もまたしかなり。 以上」
一 ¬要集¼中云、「▲問。所ノ↠言フ弥陀ノ一身ハ即一切ノ仏身也ト云コト者、有ル↢何ノ証拠カ↡。◆答。天台大師ノ云ハク、念ジタテマツレバ↢阿弥陀仏ヲ↡即是念ル也↢一切ノ仏ヲ↡。故ニ¬花厳経ニ¼云ハク、◆一切ノ諸仏ノ身ハ即是一仏ノ身也。一心也、一智慧也。力・無畏モ亦然也。已上」
(3)
一 ¬往生要集¼ の上末 十六半 の注書にいはく、
一 ¬往生要集¼上末注書ニ云ハク、
「わたくしにいはく、 一切の仏とは、 これ弥陀の分身なり。 あるいはこれ十方一切の諸仏なり。」 乃至
「▲私云、一切ノ仏ト者、是弥陀ノ分身也。或ハ是十方一切ノ諸仏。」 乃至
(4)
一 ¬要集¼ の下にいはく、 大文第十 「問ふ。 阿弥陀仏の極楽浄土はこれなんの身なんの土ぞや。 答ふ。 天台のいはく、 応身の仏、 同居の土なり。 遠法師のいはく、 これ応身応土なり。 綽法師のいはく、 これ報仏報土なりと。 古旧等の相伝に、 みな化土化身といふ。 これ大失となす。 ¬大乗同性経¼ にいはく、 浄土の中の成仏するものはことごとく報身なり。 穢土の中に成仏するものはことごとくこれ化身なりと。
一 ¬要集¼下云、「▲問。阿弥陀仏ノ極楽浄土ハ是何ノ身何ノ土ゾ耶。◆答。天臺ノ云ハク、応身ノ仏、同居土也。◆遠法師ノ云ハク、是応身応土也。◆綽法師ノ云ハク、是報仏報土也ト。古旧等ノ相伝ニ、皆云フ↢化土化身ト↡。此為ス↢大失ト↡。¬大乗同性経ニ¼云ハク、浄土ノ中ノ成仏スル者ハ悉ク報身。穢土ノ中ニ成仏スル者ハ悉ク是化身也ト。
-またかの ¬経¼ にいはく、 阿弥陀如来・蓮華開敷星王如来・竜主如来・宝徳如来等の、 もろもろの如来の清浄仏刹にして現に得道したまへるもの、 まさに得道したまへるごときもの、 かくのごとき一切みなこれ報身の仏なりと。 何者か如来の化身とならば、 なほ今日の踊歩健如来・魔恐怖如来等のごときなり。 以上 ¬安楽集¼」
◆又彼ノ¬経ニ¼云ハク、阿弥陀如来・蓮花開敷星王如来・竜主如来・宝徳如来等ノ、諸ノ如来ノ清浄仏刹ニシテ現ニ得道シタマヘル者、如キ↢当ニ得道シタマヘル↡者、如↠是一切皆是報身ノ仏也ト。何者カ如来ノ化身トナラバ、由如キ也↢今日ノ踊歩健如来・魔恐怖如来等ノ↡。 已上¬安楽集¼」
(5)
またいはく、 (要集巻下) 「問ふ。 たとひ報土にあらずも、 惑業重き者はあに浄土を得んや。 答ふ。 天台のいはく、 無量寿国は果報殊勝なりといへども、 臨終の時に懴悔念仏すれば、 業障すなはち転じてすなはち往生を得。 惑染を具せりといへども、 願力心に持ちてまた居することを得るなりと。」
又云、「▲問。設ヒ非モ↢報土ニ↡、惑業重キ者ハ豈ニ得ムヤ↢浄土ヲ↡。◆答。天臺ノ云ク、无量寿国ハ雖モ↢果報殊勝也ト↡、臨終之時ニ懴悔念仏スレバ、業障便チ転ジテ即チ得↢往生ヲ↡。雖モ↠具セリト↢惑染ヲ↡、願力持テ↠心ニ亦得ル↠居スルコトヲ也ト。」
(6)
(要集巻下) 「また ¬十疑¼ に釈していはく、 三種の道理をもつて軽重を校量するに不定なり。 時節の久近・多少には在らず。 いはく、 なにをか三とする。 一には心に在り、 二には縁に在り、 三には決定に在り。 心に在りとは、 罪を造る時は虚妄顛倒の心より生ず。 念仏の心は、 善知識に従ひて阿弥陀仏の真実功徳の名号を説くを聞く心より生ず。 一は虚、 一は実なり。 あにあひ比することを得んや。」
「▲又¬十疑ニ¼釈シテ云ハク、以テ↢三種ノ道理ヲ↡校↢量スルニ軽重ヲ↡不定也。不↠在ラ↢時節ノ久近・多少ニハ↡。云ク、何ヲカ為ル↠三ト。一者在リ↠心ニ、二者在リ↠縁ニ、三者在リ↢決定ニ↡。◆在ト↠心ニ者、造ル↠罪ヲ之時ハ従↢自虚妄顛倒ノ心↡生ズ。念仏ノ心者、従テ↢善知識ニ↡聞ク↠説クヲ↢阿弥陀仏ノ真実功徳ノ名号ヲ↡心ヨリ生ズ。一ハ虚、一ハ実也。豈ニ得ムヤ↢相比スルコトヲ↡。」
(7)
(要集巻下) 「在決定とは、 罪を造る時には有間心・有後の心をもつてすとなり。 念仏の時には無間心・無後心をもつてす。」
「▲在決定ト者、造ル↠罪ヲ之時ニハ以テスト↢有間心・有後ノ心ヲ↡也。念仏之時ニハ以テス↢无間心・无後心ヲ↡。」
(8)
一 大文第三に、 (要集巻上) 「西方の証拠を明さば、 二あり。 一は十方に対す。 二は兜率に対す。 初めに十方に対すとは、 問はく。 十方に浄土あり。 なんぞただ極楽に生ぜんとのみ願ずるや。 答ふ。 天台大師いはく、 諸経論に、 処々にただ衆生を勧めてひとへに阿弥陀仏を念じ、 西方の極楽世界を求めしめたり。 ¬無量寿経¼・¬観経¼・¬往生論¼ 等の数十余部の経論の文に、 慇懃に指授して西方に生ずることを勧めたり。 これをもつてひとへに念ずるなりと。 以上」
一 大文第三 (要集巻下)、「▲明サ↢西方ノ証拠ヲ↡者、有↠二。一ハ対↢十方ニ↡。二ハ対↢兜率ニ↡。◆初ニ対スト↢十方ニ↡者、◆問ハク。十方ニ有↢浄土↡。何ゾ唯願ズル↠生ムトノミ↢極楽ニ↡耶。◆答。天臺大師云、諸経論ニ、処々ニ唯勧メテ↢衆生ヲ↡偏ニ念ジ↢阿弥陀仏ヲ↡、令タリ↠求メ↢西方ノ極楽世界ヲ↡。¬无量寿経¼・¬観経¼・¬往生論¼等ノ数十余部ノ経論ノ文ニ、慇懃ニ指授シテ勧タリ↠生コトヲ↢西方ニ↡。是ヲ以テ偏ニ念ル也ト。已上」
(9)
一 ¬要集¼ の下にいはく、 「問ふ。 不信の者いかなる罪報を得。 答ふ。 ¬称揚諸仏功徳経¼ の下巻にいはく、「それ阿弥陀仏の名号の功徳を讃嘆し称揚するを信ぜずして、 謗毀することあらむ者は、 五劫の中にまさに地獄に堕して、 つぶさにもろもろの苦を受くべし。」 以上
一 ¬要集¼下云、「▲問。不信之者得↢何ナル罪報ヲ↡。◆答フ。¬称揚諸仏功徳経ノ¼下巻ニ云ク、「其有ラム↧不シテ↠信ゼ↤讃↢嘆シ称↣揚スルヲ阿弥陀仏ノ名号ノ功徳ヲ↡、而謗↥毀スルコト者ハ、五劫之中ニ当ニシ↧堕シテ↢地獄ニ↡、具ニ受ク↦衆ノ苦ヲ↥。」 已上
(10)
またいはく、 (要集巻中) 「あるいはかの仏この三身一体の身を応現したまふなり。 かの一身において所見不同なり。 あるいは丈六、 あるいは八尺、 あるいは広大身なり。 所現みな金色なり。 利益するところおのおの無量なり。 一切諸仏とその事同一なり。化身」 乃至
又云、「▲或応↢現シタマフ彼仏是三身一体之身ヲ↡也。◆於テ↢彼一身ニ↡所見不同也。或丈六、或八尺、或広大身。所現皆金色也。所↢利益↡各无量也。与↢一切諸仏↡其事同一也。化身」 乃至
(11)
またいはく、 (要集巻中) 「行住坐臥、 語黙作々。」 乃至
又云、「▲行住坐臥、語黙作々。」 乃至
(12)
一 ¬要集¼ の中 末 に、 「¬仏蔵経¼ の 「念仏品」 にいはく、 所有なしと見るを名づけて念仏となす、 諸法実相を見るを名づけて念仏となす。 分別あることなく、 取ることなく捨つることなき、 これを真の念仏とす。 以上」
一 ¬要集¼中、「▲¬仏蔵経ノ¼「念仏品ニ」云、見ヲ↠无シト↢所有↡名テ為ス↢念仏ト↡、見ヲ↢諸法実相ヲ↡名テ為ス↢念仏ト↡。无ク↠有ルコト↢分別↡、无↠取无キ↠捨コト、是ヲ真ノ念仏トス。已上」
(13)
一 ¬要集¼ の下本に、 「迦才のいはく、 衆生行を起すにすでに千殊あれば、 往生して土を見こともまた万別あるなり。」
一 ¬要集¼下本、「▲迦才云、「衆生起スニ↠行ヲ既ニ有レバ↢千殊↡、往生シテ見コトモ↠土ヲ亦有ル↢万別↡也。」
(14)
一 ¬要集¼ の下本に、 「¬十二仏名経¼ の偈にのたまはく、 もし人仏名を持てば衆魔および波旬、 行住坐臥の処に、 その便りを得ることあたはず。」
一 ¬要集¼下本、「▲¬十二仏名経¼偈云、若人持テバ↢仏名ヲ↡衆魔及波旬、行住坐臥ノ処、不↠能ハ↠得コト↢其ノ便ヲ↡。」
(15)
一 ¬要集¼ の下末に、 十二丁
一 ¬要集¼下末、
「一切の万法はみな自力・他力、 自摂・他摂にあり。 千開万閉、 無量無辺なり。 あに有礙の識をもつてかの無礙の法を疑ふことを得むや。 また五不思議の中には仏法もつとも不可思議なり。 あに三界の繋業をもつて重しとなして、 かの少時念法を疑ひて軽しとせんや。」 以上略抄
「▲一切ノ万法ハ皆有リ↢自力・他力、自摂・他摂ニ↡。千開万閉、無量无辺也。豈ニ得ム↧以テ↢有礙之識ヲ↡疑フコト↦彼ノ无礙之法ヲ↥乎。又五不思議ノ中ニハ仏法最モ不可思議也。豈ニ以テ↢三界ノ繋業ヲ↡為シテ↠重シト、疑テ↢彼ノ少時念法ヲ↡為ムヤ↠軽シト。」 已上略抄
(16)
一 ¬要集¼ の上末にいはく、
一 ¬要集¼上末云、
「¬涅槃経¼ の三十二にいはく、 善男子、 もし人ありて問はく、 この種子の中には果ありや、 果なきや。 さだめて答へていふべし、 または有りまたは無しと。 なにをもつてのゆゑに。 子を離れてほかに果を生ずることあたはず。 このゆゑに有と名づく。 子いまだ牙を出さず。 このゆゑに無と名づく。 この義をもつてのゆゑに、 亦有亦無なり。
「▲¬涅槃経¼卅二ニ云ク、善男子、若シ有テ↠人問ハク、是ノ種子ノ中ニハ有ヤ↠果、无↠果耶。応シ↢定テ答テ言フ↡、亦ハ有亦ハ無ト。何ヲ以ノ故ニ。離テ↠子ヲ之外ニ不↠能ハ↠生ズルコト↠果ヲ。是ノ故ニ名ク↠有ト。子未ズ ダ↠出↠牙ヲ。是ノ故ニ名ク↠无ト。以ノ↢是ノ義ヲ↡故ニ、亦有亦无也。
-ゆゑはなんとなれば、 時節は異あれどもその体これ一なり。 衆生の仏性もまたかくのごとし。 もし衆生の中に別に仏性ありといはば、 この義しからず。 なにをもつてのゆゑに。 衆生はすなはち仏性なり、 仏性すなはち衆生なり。 ただちに時異をもつて浄・不浄あり。 善男子、 もし有るといはば人問ひていわく、 この子はよく果を生ずやいなや、 この果よく子を生ずやいなやと。 さだめて答へていふべし、 または生じ、 または生ぜずと。以上」
◆所以者何レバ、時節ハ有レドモ↠異其体是一也。衆生ノ仏性モ亦復如↠是。若シ言ハ↣衆生ノ中ニ別ニ有ト↢仏性↡者、是義不↠然。何ヲ以ノ故ニ。衆生ハ即仏性也、仏性即衆生也。直ニ以↢時異ヲ↡有↢浄・不浄↡。◆善男子、若有ルトイハヾ人問テ言ク、是ノ子ハ能ク生ズヤ↠果ヲ不ヤ、是ノ果能生ズヤ↠子ヲ不ヤト。応シ↢定テ答テ言↡、亦ハ生ジ、亦ハ不ト↠生ゼ。已上」
(17)
一 ¬要集¼ の下にいはく、
一 ¬要集¼下云、
「一は旃檀樹の出成する時には、 よく四十由旬の伊蘭林を変じてあまねくみな香美ならしむ。
「▲一ハ旃檀樹ノ出成スル時ニハ、能ク変ジテ↢四十由旬ノ伊蘭林ヲ↡普ク皆香美カウバシクナラシム。
-二は師子の筋を用いてもつて琴の絃とすれば、 音声一たび奏するに、 一切の余の絃をばことごとくみな断壊しぬ。
◆二ハ用テ↢師子ノ筋ヲ↡以テ為レバ↢琴ノ絃↡、音声一ビ奏スルニ、一切ノ余絃ヲバ悉ク皆断壊シヌ。
-三は一斤の石汁よく千斤の銅を変じて金となす。
◆三ハ一斤ノ石汁能ク変ジテ↢千斤ノ銅ヲ↡為ス↠金ト。
-四は金剛堅固なりといへども、 羖羊の角をもつてこれを扣けば、 すなはち潅然として氷のごとく泮けぬ。 以上 滅罪譬
◆四ハ金剛雖モ↢堅固也ト↡、以テ↢羖羊ノ角ヲ↡扣ケバ↠之ヲ、則チ潅然トシテ氷ノゴトク泮ケヌ。已上 滅罪譬
-五は雪山に草あり、 名づけて忍辱となす。 牛もし食すればすなはち醍醐を得。
◆五ハ雪山ニ有リ↠草、名テ為ス↢忍辱ト↡。牛若シ食スレ者即得↢醍醐ヲ↡。
-六は沙河薬においてただ見ることある者は、 寿無量なることを得。 乃至念ずる者は宿命智を得。
◆六ハ於テ↢沙河薬ニ↡但有ル↠見コト者ハ、得↢寿无量ナルコトヲ↡。乃至念ズル者ハ得↢宿命智ヲ↡。
-七は孔雀雷の声を聞きて有身むことを得。
◆七ハ孔雀聞テ↢雷ノ声ヲ↡得↢有身ムコトヲ。
-八は尸利沙は昴星を見てすなはち菓実を出生す。 以上生 。
◆八ハ尸利沙ハ見テ↢昴星ヲ↡則出↢生ス菓実ヲ↡。 已上生
-九は住水の宝をもつてその身に瓔珞しつれば深水の中に入るに没み溺れず。
◆九ハ以テ↢住水ノ宝ヲ↡瓔↢珞シツレバ其ノ身ニ↡入ルニ↢深水ノ中ニ↡而不↢没ミ溺レ↡。
-十は沙礫はもつとも少なしといへどもなほし水に浮ぶことあたはず。 磐石大なりといへども船に寄れつればよく浮ぶ。 以上総譬
◆十ハ沙礫ハ雖モ↢最モ少サシト↡尚シ不↠能ハ↠浮ブコト↠水ニ。磐石雖モ↠大也ト寄レツレバ↠船ニ能ク浮ブ。已上総譬
-諸法の力用、 思ひがたきことかくのごとし。 念仏の功力、 これに准へて疑ふことなかれ。」 云々
◆諸法ノ力用、難キコト↠思ヒ如シ↠是ノ。念仏ノ功力、准テ↠之ニ莫レ↠疑フコト。」 云々
(18)
一 ¬要集¼ の中巻大文第五にいはく、 「もし念珠を用いん時に、 浄土を求めむと欲はば木槵子を用いよ。 功徳を多くせんと欲はば菩提子を用いよ。 乃至あるひは水精・蓮子等。 云々 ¬念珠功徳経¼ を見よ
一 ¬要集¼中巻大文第五云、「▲若用ム↢念珠ヲ↡時ニ、欲ハヾ↠求ムト↢浄土ヲ↡用ヨ↢木槵子ヲ↡。欲ハヾ↠多ムト↢功徳ヲ↡用ヨ↢菩提子↡。乃至或ハ水精・蓮子等。 云々 見ヨ↢¬念珠功徳経ヲ¼↡
(19)
一 ¬要集¼ の大文第二 (巻上) にいはく、 「地蔵菩薩は、 毎日の晨朝に恒沙の定に入りて、 法界に周遍して苦の衆生を抜く。 所有の悲願余の大士に超えたり。 ¬十輪経の¼ 意
一 ¬要集¼大文第二云、「▲地蔵菩薩ハ、毎日ノ晨朝ニ入テ↢恒沙ノ定ニ↡、周↢遍シテ法界ニ↡抜ク↢苦ノ衆生ヲ↡。所有ノ悲願超タリ↢余ノ大士ニ↡。¬十輪経ノ¼意
-かの ¬経¼ の偈にいはく、 一日地蔵の功徳、 大名聞を称するは、 倶胝劫の中に、 余の智者の徳を称するに勝れり。 たとひ百劫の中にその功徳を讃説すとも、 なほ尽くすことあたはず。 ゆゑにみなまさに供養すべし。
◆彼ノ¬経ノ¼偈ニ云、一日称ルハ↢地蔵ノ功徳、大名聞ヲ↡、勝タリ↣倶胝劫ノ中ニ、称スルニ↢余ノ智者ノ徳ヲ↡。◆仮使ヒ百劫ノ中ニ讃↢説トモ其ノ功徳ヲ↡、猶尚不↠能ハ↠尽コト。故ニ皆当ニシ↢供養ス↡。
観世音菩薩のいはく、 衆生苦ありて三たびわが名を称せんに、 往きて救はずといはば正覚を取らじ。 ¬弘猛海恵経¼ の意
◆観世音菩薩ノ言ク、衆生有テ↠苦三ビ称セムニ↢我名ヲ↡、不トイハ↢往テ救ハ↡者不↠取↢正覚ヲ↡。 ¬弘猛海恵経¼意
-もし百千倶胝那庾多の諸仏の名号を称念することあらん。 またしばらくの時にわが名号において心を至して称念することあらん。 かの二功徳は平等平等なり。 もろもろのわが名号を称念することある者は、 一切みな不退転地を得るなり。 ¬十一面経¼
◆若有ラム↣称↢念スルコト百千倶胝那庾多ノ諸仏ノ名号ヲ↡。復有ラム↧暫クノ時ニ於テ↢我ガ名号ニ↡至シテ↠心ヲ称念スルコト↥。彼ノ二功徳ハ平等平等也。諸ノ有ル↣称↢念スルコト我ガ名号ヲ↡者ハ、一切皆得ル也↢不退転地ヲ↡。 ¬十一面経¼
-衆生名を聞きて苦を離れて解脱を得んとまた地獄に遊戯して、 大悲代りて苦を受けん」 ¬請観音経¼ の偈
◆衆生聞テ↠名ヲ離テ↠苦ヲ得ムト↢解脱ヲ亦遊↢戯シテ地獄ニ↡、大悲代テ受ケム↠苦ヲ」 ¬請観音経¼偈
(20)
一 ¬要集¼ の大文第八 (巻下) にいはく、 「¬占察経¼ の下巻にのたまはく、 もし人他方現在の浄国に生ぜんと欲はば、 まさにかの世界の仏の名字に随ひて、 専意誦念して一心にして不乱にすべし。 上のごとく観察する者は、 決定してかの仏の浄国に生ずることを得。 善根増長して、 すみやかに不退を成ぜん。 上のごとく観察する者は、 地蔵菩薩の法身および諸仏の法身の上におのれ自身とを観ずるなり。 平等無二也、 不生不滅なり、 常楽我浄にして、 功徳円満せりと。 またおのが身は無常なり、 如幻なり、 厭ふべきと等観ずるなり。」
一 ¬要集¼大文第八云、「▲¬占察経ノ¼下巻ニ云ク、若人欲ハ↠生ムト↢他方現在浄国ニ↡者、応シ↧当ニ随テ↢彼ノ世界ノ仏之名字ニ↡、専意誦念シテ一心ニシテ不乱ニス↥。如↠上ノ観察スル者ハ、決定シテ得↠生コトヲ↢彼ノ仏ノ浄国ニ↡。善根増長シテ、速ニ成ゼム↢不退ヲ↡。◆如ク↠上ノ観察スル者ハ、観ズル也↠於↢地蔵菩薩ノ法身及ビ諸仏ノ法身上己自身ト↡。平等无二也、不生不滅也、常楽我浄ニシテ、功徳円満セリト。又観ズル↢己ガ身ハ无常ナリ、如幻也、可キト↠厭フ等↡也。」
(21)
一 ¬要集¼ の大文第十 (巻下) にいはく、 「問ふ。 極楽世界は去ることいくばくの処ぞ。 答ふ。 ¬経¼ にのたまはく、 これより西方十万億の仏土を過ぎて極楽世界あり。 ある ¬経¼ にいはく、 これより西方にこの世界を去ること百千倶胝那庾多の仏土を過ぎて仏の世界あり。 名づけて極楽といふ。
一 ¬要集ノ¼大文第十云、「▲問。極楽世界ハ去ルコト幾ノ処ゾ。◆答。¬経¼云ク、従↠此西方過テ↢十万億ノ仏土ヲ↡有リ↢極楽世界↡。◆有ル¬経ニ¼云、従↠是西方ニ去ルコト↢此ノ世界ヲ↡過ギテ↢百千倶胝那庾多ノ仏土ヲ↡有↢仏ノ世界↡。名テ曰フ↢極楽ト↡。
-問ふ。 二経なにゆゑぞ不同なる。 答ふ。 ¬論¼ の智光の ¬疏¼ の意にいはく、 倶胝といふは、 ここには億となすなり。 那庾多とは、 この間の欬数に当れり。 世俗のいはく、 十千を万といふ。 十万を億といふ。 十億を兆といふ。 十兆を経といふ。 十経を欬といふ。 欬はなほこれ大数なり。 百千倶胝はすなはち十万億也。 億に四位あり。 一は十万、 二は百万、 三は千万、 四は万々なり。 いま億といふはすなはちこれ万々なり。」 已上
◆問。二経何故ゾ不同ナル。◆答。¬論ノ¼智光ノ¬疏ノ¼意ニ云ク、言↢倶胝↡者、此ニハ為ス↠億ト也。那庾多ト者、当レリ↢此間ノ欬数ニ↡也。世俗ノ言ク、十千ヲ曰↠万ト。十万ヲ曰フ↠億ト。十億ヲ曰フ↠兆ト。十兆ヲ曰フ↠経ト。十経ヲ曰↠欬ト。欬ハ猶是大数也。百千倶胝ハ即十万億也。億ニ有リ↢四位↡。一者十万、二者百万、三者千万、四者万々也。今言フ↠億ト者即是万々也。」 已上
(22)
またいはく、 (論註巻下) 「経巻を誦持し、 最後に守ること一日一夜するも、 その福不可計なり。 おのづから阿惟越致に致りぬ。 所願のものを得。
又云、「▲誦↢持シ経巻↡、最後ニ守ルコト一日一夜スルモ、其ノ福不可計也。自致ヌ↢阿惟越致ニ↡。所願者得。
-問ふ。 もししかれば聞く者は決定して信ずべし。 なにゆゑぞ聞くといへども信不信ある。 答ふ。 無量清浄仏の名歓喜し踊躍し、 身の毛起つことをなし抜出のごとくせん者、 みなことごとく宿世の宿命にすでに仏事をなせるものなり。 それ人ありて疑ひて信ぜざらん者は、 みな悪道の中により来りて、 殃悪いまだ尽きざるなり。 これいまだ解脱を得ざるなり。」 以上
◆問。若爾バ聞ク者ハ決定シテ応シ↠信ズ。何故ゾ雖モ↠聞ト有↢信不信↡。◆答。无量清浄仏ノ名歓喜シ踊躍シ、身ノ毛為シ↠起ツコトヲ如クセム↢抜出ノ↡者、皆悉宿世ノ宿命ニ已ニ作セルモノ也↢仏事ヲ↡。其有↠人疑ヒテ不ラム↠信ゼ者ハ、皆従リ↢悪道ノ中ニ↡来テ、殃悪未ダルナリ↠尽キ。此未ダル也↠得↢解脱ヲ↡也。」 已上
(23)
一 ¬大般涅槃経¼ の第二十四 (北本徳応品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼第二十四言、
「西方この娑婆世界を去ること四十二恒河沙等の諸仏の国土を度りてかしこに世界あり、 名づけて無勝といふ。 かの土をなんがゆゑぞ名づけて無勝といふ。 その土の所有の厳麗の事、 ことごとくみな平等にして差別あることなし。 なほし西方安楽世界のごとし。 また東方満月世界のごとし。」 以上
「▲西方去ルコト↢此ノ娑婆世界ヲ↡度テ↢二恒河沙等ノ諸仏ノ国土ヲ↡彼ニ有リ↢世界↡、名テ曰フ↢无勝ト↡。彼ノ土ヲ何ガ故ゾ名テ曰フ↢无勝ト↡。其ノ土ノ所有ノ厳麗之事、悉ク皆平等ニシテ无シ↠有コト↢差別↡。猶シ如シ西方安楽世界ノ↡。亦如シ↢東方満月世界ノ↡。」 已上
(24)
一 ¬請観世音菩薩経¼ にのたまはく、 一丁半
一 ¬請観世音菩薩経¼言、
「その時に世尊長者に告げてのたまはく、 ここを去ること遠からず、 まさしく西方に立す、 仏世尊を無量寿と有く。 かれに菩薩あり、 観世音および大勢至と名づく。 つねに大悲の憐愍をもつて一切の苦厄を救済す。」
「爾時ニ世尊告テ↢長者ニ↡言ハク、去コト↠此ヲ不↠遠カラ、正シク立ス↢西方ニ↡、有ク↢仏世尊ヲ无量寿ト↡。彼ニ有リ↢菩薩↡、名ク↢観世音及ビ大勢至ト↡。恒ニ以テ↢大悲ノ憐愍ヲ↡一切ノ救↢済スクフ ス苦厄ヲ。」
(25)
一 ¬無量寿観経¼ にのたまはく、 二丁半
一 ¬无量寿観経¼言、
「その時に世尊韋提希に告げたまはく、 なんぢいま知れりやいなや。 阿弥陀仏ここを去ること遠からず。 なんぢまさに繋念してあきらかにかの国の浄業成じたまへるひとを観ずべし。」 乃至
「▲爾時ニ世尊告韋提希、汝今知不。阿弥陀仏去此不遠。汝当繋念諦観彼国浄業成者。」 乃至
(26)
一 ¬大宝積経¼ 巻一七 (如来会) にのたまはく、十五丁半
一 ¬大宝積経¼巻一七言、
「その時阿難仏にまうしてまうさく、 世尊、 かの法処菩薩、 菩提を成じたまへるは、 過去とやせん、 未来とやせん、 今現在他方世界とやせん。 仏阿難に告げたまはく、 西方ここを去ること十万億の仏刹にして、 かしこに世界あり。 いま現にましまして法を説きたまふ。 無量の菩薩および声聞衆、 恭敬し囲繞せり。」 乃至
「▲爾時阿難白↠仏言、世尊、彼法処菩薩成↢菩提↡者、為ム↢過去ト耶↡、為↢未来耶↡、為↢今現在他方世界耶↡。◆仏告↢阿難↡、西方去↠此十万億仏刹、彼有↢世界↡。今現在説法。无量菩薩及ビ声聞衆、恭敬囲繞。」 乃至
(27)
一 ¬般舟三昧経¼ の上に (行品) のたまはく、 八丁半
一 ¬般舟三昧経¼上言、
「西方に阿弥陀仏、 いま現にまします。 所聞に随ひてまさに念ずべし。 この間を去ること千億万の仏刹なり、 その国を須摩提と名づく。 在衆菩薩、 中央にして経を説き、 一切つねに阿弥陀仏を念ぜり。」 乃至
「▲西方ニ阿弥陀仏、今現ニ在ス。随テ↢所聞ニ↡当ニシ↠念ズ。去ルコト↢此ノ間ヲ↡千億万ノ仏刹也、其ノ国ヲ名ク↢須摩提ト↡。在衆菩薩中央説経一切常念阿弥陀仏。」 乃至
(28)
一 ¬称讃浄土経¼ にのたまはく、
一 ¬称讃浄土経¼言、
「その時世尊舎利子に告げたまはく、 なんぢいま知れりやいなや。 これより西方、 この世界を去り百千倶胝那庾多の仏土を過ぎて仏世界あり、 名づけて極楽といふ。 その中の世尊を無量寿および無量光・如来・応・正等覚、 十号円満と名づけたてまつる。 いま現在にかしこに安隠住持して、 もろもろの有情のために甚深微妙の法を宣説したまひて、 殊勝利益安楽を得しめたまへり。」
「▲爾時世尊告タマハク↢舎利子ニ↡、汝今知レリヤ不ナヤ。◆於リ↠是西方、去↢此ノ世界ヲ↡過テ↢百千倶胝那庾多ノ仏土ヲ↡有リ↢仏世界↡、名テ曰フ↢極楽ト↡。◆其ノ中ノ世尊ヲ名ケタテマツル↢无量寿及ビ无量光・如来・応・正等覚、十号円満ト↡。今現在ニ彼安隠住持シテ、為ニ↢諸ノ有情ノ↡宣↢説シタマヒテ甚深微妙之法ヲ↡、令メタマヘリ↠得↢殊勝利益安楽ヲ↡。」
(29)
一 ¬小阿弥陀経¼ にのたまはく、
一 ¬小阿弥陀経¼言、
「これより西方に十万億仏土を過ぎて世界あり、 名づけて極楽といふ。 その土に仏まします、 阿弥陀と号す。 いま現にましまして法を説きたまふ。 舎利弗、 かの土をなんがゆゑぞ名づけて極楽とする。 その国の衆生、 もろもろの苦あることなし、 ただもろもろの楽を受く。 ゆゑに極楽と名づく。」
「▲従↠是西方ニ過テ↢十万億仏土ヲ↡有↢世界↡、名テ曰↢極楽ト↡。◆其土ニ有↠仏、号↢阿弥陀↡。今現ニ在シテ説タマフ↠法ヲ。◆舎利弗、彼ノ土ヲ何ガ故ゾ名テ為ル↢極楽ト↡。其国ノ衆生、無シ↠有コト↢衆ノ苦↡、但受ク↢諸ノ楽ヲ↡。故ニ名ク↢極楽ト↡。」
(30)
一 ¬大阿弥陀経¼ の上にのたまはく、 十三丁
一 ¬大阿弥陀経¼上言、
「仏阿難に告げたまはく、 阿弥陀作仏してよりこのかた、 およそ十小劫なり。 所居の国土を須摩題と名づく。 まさしく西方にあり。 この閻浮提地界千億万須弥山の仏国を去る。 その国の地はみな自然の七宝なり。 その一宝は白銀、 二宝は黄金、 三宝は水精、 四宝は琉璃、 五宝は珊瑚、 六宝は琥珀、 七宝は車渠なり。 これを七宝となす。」 乃至
「▲仏告↢阿難↡、阿弥陀作仏已来タ、凡ソ十小劫。◆所居国土名↢須摩題ト↡。正在↢西方↡。去↢是閻浮提地界千億万須弥山ノ仏国ヲ↡。◆其国地皆自然七宝也。其ノ一宝者白銀、二宝者黄金、三宝者水精、四宝者琉璃、五宝者珊瑚、六宝者琥珀、七宝者車渠也。是為↢七宝↡。」 乃至
(31)
またのたまはく、 (大阿弥陀経上) 「また春夏秋冬あることなし、 また大寒なくまた大熱なし。 つねに和調中適にしてはなはだ快善比なし。」 乃至
又云、「▲亦無シ↠有ルコト↢春夏秋冬↡、亦無ク↢大寒↡亦無シ↢大熱↡。常ニ和調中適ニシテ甚ダ快善無シ↠比。」 乃至
(32)
またのたまはく、 (大阿弥陀経上) 「仏、 阿逸菩薩に告げたまはく、 阿弥陀仏の頂中の光明極めて大明なり。 その日月星辰みな虚空の中にありて住止して、 また廻転すべからず。 行を運びてまた精光あることなし、 その明みな蔽はれてまた見えず。 仏の光明国の中を照したまふに、 および他方仏国を焔照したまふに、 つねに大明なり。 終に冥きことあることなし。
又云、「▲仏告ハク↢阿逸菩薩ニ↡、阿弥陀仏ノ頂中ノ光明極メテ大明也。其ノ日月星辰皆在テ↢虚空ノ中ニ↡住止シテ、不↠可ラ↢復廻転↡。運テ↠行ヲ亦無シ↠有ルコト↢精光↡、其ノ明皆蔽テ不↢復見ヘ↡。仏ノ光明照シタマフニ↢国ノ中ヲ↡、及ビ焔↢照シタマフニ他方仏国ヲ↡、常ニ大明也。終ニ無シ↠有ルコト↢冥キコト↡。
時にその国に一日・二日あることなし、 また五日・十日なし、 また十五日・一月なし、 また五月・十月・五歳・十歳なし、 また百歳・千歳なし、 また万歳・億万歳なし、 百千億万歳なし、 一劫・十劫・百劫・千劫あることなし、 万劫・百万劫なし、 千万劫なくして、 百億万劫なり。
時ニ◆其ノ国ニ無シ↠有ルコト↢一日・二日↡、亦無シ↢五日・十日↡、亦無シ↢十五日・一月↡、亦無シ↢五月・十月・五歳・十歳↡、亦無シ↢百歳・千歳↡、亦無シ↢万歳・億万歳↡、無シ↢百千億万歳↡、無シ↠有コト↢一劫・十劫・百劫・千劫↡、無シ↢万劫・百万劫↡、無シテ↢千万劫↡、百億万劫也。
阿弥陀仏の光明あきらかにして極めあることなし。 却の後無数劫無数劫にして、 重ねてまた無数劫無数劫無数劫にて、 無央数なり。 つひにまさに冥するべき時あることなし。」 乃至
◆阿弥陀仏ノ光明明ニシテ無シ↠有コト↠極。却ノ後無数劫無数劫ニシテ、重ネテ復無数劫無数劫ニテ、無央数ナリ。終ニ無シ↠有ルコト↢当ニキ↠冥ル時↡。」 乃至
(33)
一 ¬大無量寿経¼ の上にのたまはく、 十五丁
一 ¬大无量寿経¼上言、
「阿難、 仏にまうさく、 法蔵菩薩すでに成仏して滅度を取りたまへりとやせん、 いまだ成仏したまはぬとやせん、 いま現にましますとやせむと。 仏、 阿難に告げたまはく、 法蔵菩薩、 いますでに成仏して現に西方にまします。 ここを去ること十万億の刹なり。 その仏の世界を名づけて安楽といふ。
「▲阿難白サク↠仏ニ、法蔵菩薩為ム↣已ニ成仏而取リタマヘリトヤ↢滅度ヲ↡、為ム↠未ヌ ダトヤ↢成仏シタマハ↡、為ムト↢今現ニ在ストヤ↡。◆仏告ハク↢阿難ニ↡、法蔵菩薩、今已ニ成仏シテ現在ス↢西方ニ↡。去ルコト↠此ヲ十万億ノ刹也。其ノ仏ノ世界ヲ名テ曰フ↢安楽ト↡。
阿難、 また問ひたてまつる、 その仏成道したまひしよりこのかたいくばくの時を逕たまへりとかせんと。 仏ののたまはく、 成仏よりこのかたおよそ十劫を歴たまへり。 その仏国土には、 自然の七宝、 金・銀・瑠璃・珊瑚・琥珀・硨磲・碼碯合成して地となせり。」 乃至
◆阿難、又問タテマツル、其ノ仏成道シタマヒシヨリ已来タ為ムト↠逕タマヘリトカ↢幾ノ時ヲ↡。◆仏ノ言ハク、成仏ヨリ已来タ凡ソ歴タマヘリ↢十劫ヲ↡。◆其ノ仏国土ニハ、自然ノ七宝、金・銀・瑠璃・珊瑚・琥珀・硨磲・碼碯合成シテ為リ↠地ト。」 乃至
(34)
またのたまはく、 (大経巻上) 「またその国土は須弥山および金剛鉄囲、 一切の諸山なし。 また大海・小海・谿渠・井谷なし。 仏神力のゆゑに、 見んと欲へばすなはち現ず。 また地獄・餓鬼・畜生、 諸難の趣なし。 また四時春秋冬夏なし。 寒からず熱からず、 つねにおだやかに調適なり。」 乃至
又云、「▲又其国土ハ無シ↢須弥山及ビ金剛鉄囲、一切ノ諸山↡。亦無シ↢大海・小海・谿ヒロキタニ渠ミゾ・井ヰ 谷タニ↡。仏神力ノ故ニ、欲ヘバ↠見ムト則現ズ。◆亦無シ↢地獄・餓鬼・畜生、諸難之趣↡。◆亦無シ↢四時春秋冬夏↡。不↠寒カラ不↠熱カラ、常ニ和カニ調適也。」 乃至
(35)
一 ¬大無量寿経¼ の上にのたまはく、 二〇丁半
一 ¬大无量寿経¼上言、
「ただ余方に因順するがゆゑに、 天・人の名あり。 顔貌端正にして世に超へて希有なり。 容色微妙にして、 天にあらず人にあらず。 みな自然虚無の身、 無極の体を受けたり。」 以上
「▲但因↢順スルガ余方ニ↡故ニ、有リ↢天・人之名↡。◆顔貌端正ニシテ超ヘテ↠世ニ希有也。容色微妙ニシテ、非ズ↠天ニ非ズ↠人ニ。皆受タリ↢自然虚無之身、無極之体ヲ↡。」 已上
(36)
また上にのたまはく、 十六願成就 二〇丁
又上言、十六願成就
「三塗苦難の名あることなし、 ただ自然快楽の音あり。 このゆゑにその国を名づけて安楽といふ。」 乃至
「▲無シ↠有ルコト↢三塗苦難之名↡、但有リ↢自然快楽之音↡。是故ニ其ノ国ヲ名テ曰フ↢安楽ト↡。」 乃至
(37)
同じき下巻にのたまはく、 七丁
同下巻言、
「菩薩の諸波羅蜜を究竟し、 空・無相・無願三昧、 不生不滅もろもろの三昧門を修して、 声聞・縁覚の地を遠離せり。」 乃至
「▲究↢竟シ菩薩ノ諸波羅蜜ヲ↡、修シテ↢空・無相・無願三昧、不生不滅諸ノ三昧門ヲ↡、遠↢離セリ声聞・縁覚之地ヲ↡。」 乃至
(38)
一 ¬金光明経¼ の巻二 「分別三身品」 にのたまはく、
一 ¬金光明経¼巻二「分別三身品」云、
「この法身においてよく如来種々の事業を顕はす。 善男子、 これ身と因縁と境と界と処と所と果、 本に依る、 難思議がゆゑに。 もしこの義を了れば、 この身はすなはちこれ大乗なり、 これ如来性なり、 これ如来蔵なり。」 以上
「於テ↢此ノ法身ニ↡能ク顕ハス↢如来種種ノ事業ヲ↡。善男子、是身ト因縁ト境ト界ト処ト所ト果依ル↠於↠本、難思議ガ故ニ。若シ了レバ↢此義ヲ↡、是身ハ即是大乗也、是如来性也、是如来蔵也。」 已上
(39)
一 ¬金光明経¼ の巻三 「滅業障品」 にのたまはく、
一 ¬金光明経¼巻三「滅業障品」云、
「法身は一切の諸法を摂蔵す。 一切の諸法には法身を摂せず。」 以上
「法身ハ摂↢蔵ス一切ノ諸法ヲ↡。一切ノ諸法ニハ不↠摂セ↢法身ヲ↡。」 已上
(40)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第二十一 「光明遍照高貴徳王菩薩品」 (北本) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第二十一「光明遍照高貴徳王菩薩品」 (北本) 云、
「光明はすなはちこれ念仏なり、 念仏はこれを常住と名づく、 常住の法は因縁に従はず。」 以上
「光明者即是念仏也、念仏者是ヲ名ク↢常住ト↡、常住之法ハ不↠従ハ↢因縁ニ↡。」 已上
(41)
一 ¬十因¼ の第九 (往生拾因) にいはく、
一 ¬十因¼第九 (往生拾因) 云、
「一心に阿弥陀仏を称念すれば、 法身同体のゆゑに、 かならず往生することを得。 ¬双巻経¼ にのたまはく、 諸法の性一切空・無我なりと通達すれども、 もつぱら浄仏土を求めて、 かならずかくのごとき刹を成ずと。 ¬起信論¼ にいはく、 修多羅の説のごとし。 もし人西方極楽世界の阿弥陀仏を専念して所修の善根を回向して、 かの世界に生ぜんと願求すればすなはち往生することを得、 つねに仏を見たてまつりて、 ゆゑにつひに退することあることなし。 もしかの仏の真如法身を観じてつねに勤め修習すれば畢竟じて生ずることを得、 定聚に住す。」 以上
「一心称↢念阿弥陀仏↡、法身同体故、必得↢往生↡。¬双巻経¼云、通↢達スレドモ諸法性一切空・無我也ト↡、専ラ求テ↢浄仏土ヲ↡、必成ズト↢如↠是刹ヲ↡。¬起信論ニ¼云ハク、如シ↢修多羅ノ説ノ↡。若人専↢念シテ西方極楽世界ノ阿弥陀仏ヲ↡所修ノ善根ヲ廻向シテ、願↣求スレバ生ト↢彼ノ世界ニ↡即得↢往生ヲ↡、常ニ見タテマツリテ↠仏ヲ、故ニ終ニ无シ↠有ルコト↠退コト。若シ観ジテ↢彼ノ仏ノ真如法身ヲ↡常ニ勤メ修習スレバ畢竟ジテ得↠生ヲ、住ス↢定聚ニ↡。」 已上
(42)
一 ¬大集念仏三昧経¼ の第七 (讃三昧相品) にのたまはく、
一 ¬大集念仏三昧経¼第七 (讃三昧相品) 云、
「まさに知るべし、 かくのごときの念仏三昧は、 すなはち総じて一切の諸法を摂することをなす。 このゆゑにかの声聞・縁覚、 二乗の境界にあらず。 もし人しばらくもこの法を説くを聞かんもの、 この ひとは当来に決定して仏に成るべし、 疑ひあることなかれ。」
「当ニシ知ル、如キノ↠是念仏三昧ハ、則為ス↣総ジテ摂スルコトヲ↢一切ノ諸法ヲ↡。是故ニ非ズ↢彼声聞・縁覚、二乗ノ境界ニ↡。若人暫クモ聞カム↠説クヲ↢此ノ法ヲ↡者、是人ハ当ベ シ↢来ニ決定シテ成ル↟仏ニ、無レ↠有ルコト↠疑也。」
(43)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第四 (北本如来性品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第四 (北本如来性品) 言、
「善男子、 今日より始めて声聞弟子の食肉を聴さず。 もし檀越の信施を受けん時は、 この食は子肉の想のごとしと観ずべし。 迦葉菩薩また仏にまうしてまうさく、 世尊、 いかんぞ如来食肉を聴したまはざると。 善男子、 それ食肉は大慈の種を断ずればなり。 迦葉また如来にまうさく、 なんがゆゑぞ先に比丘三種の浄肉を食せんことを聴したまふや。 迦葉、 この三種の浄肉は事に随ひて漸制す。 乃至 善男子、 かの尼犍の所見に同ずべからず。 如来制したまふところの一切禁戒、 おのおの意々異なることあるがゆゑに、 三種の浄肉を食することを聴す。 異想のゆゑに十種の肉を断ず。 異想のゆゑに一切ことごとく断ず。 自死するものに及ぶ。 迦葉、 われ今日よりもろもろの弟子を制す、 また一切の肉を食することを得ざれとなり。」
「善男子、従↢今日↡始テ不↠聴サ↢声聞弟子食肉↡。若シ受ケム↢檀越信施ヲ↡之時ハ、応シ↠観ズ↣是ノ食ハ如シト↢子肉ノ想ノ↡。迦葉菩薩復白シテ↠仏言ク、世尊、云何ゾ如来不ルト↠聴シタマハ↢食肉ヲ↡。善男子、夫食肉者断ズレバ也↢大慈ノ種ヲ↡。迦葉又言サク↢如来ニ↡、何ガ故ゾ先ニ聴シタマフヤ↣比丘食セムコトヲ↢三種ノ浄肉ヲ↡。迦葉、是ノ三種ノ浄肉ハ随テ↠事ニ漸制ス。乃至 善男子、不↠応ラ↠同ズ↢彼ノ尼犍ノ所見ニ↡。如来所ノ↠制シタマフ一切禁戒、各有↠異↢意意↡故ニ、聴ス↠食コトヲ↢三種ノ浄肉ヲ↡。異想ノ故ニ断ズ↢十種ノ肉ヲ↡。異想ノ故ニ一切悉ク断ズ。及ブ↢自死スル者ニ↡。迦葉、我従↢今日↡制ス↢諸ノ弟子ヲ↡、不レト也↠得↣復食スルコトヲ↢一切ノ肉ヲ↡也。」
(44)
一 巻第三十一 「獅子吼菩薩品」 第十一の五 (北本) にのたまはく、
一 巻第三十一「獅子吼菩薩品」第十一之五言、
「また誓願を発して法を説き衆生を度せむと欲ふがためのゆゑに、 あるいは麞・鹿・熊・鴿・獼猴・龍・金翅鳥・魚・鼈・兎・蛇・牛・馬の身となる。
「復発シテ↢誓願ヲ↡為ノ↠欲フガ↣説キ↠法ヲ↡度ムト↢衆生ヲ↡故ニ、或ハ作ル↢麞カモシヽ・鹿・カノシヽ熊クマ・鴿ハト・獼猴サル ・龍・金翅鳥・魚・鼈・ウミノカメ兎・ウサギ蛇・牛・馬之身ト↡。
(45)
一 第十八巻 (北本梵行品)に、 「あるいはのたまはく、 如来、 十種の肉を比丘の食することを聴さず。 何等か十とする。 人・蛇・像・馬・驢・狗・師子・猪・狐・獼猴なり、 その余はことごとく聴すと。 あるいはのたまはく、 一切聴さずと。」 乃至
一 第十八巻、「或言マハク、如来不↠聴サ↣比丘食コトヲ↢十種ノ肉ヲ↡。何等カ為ル↠十ト。人・蛇・像・馬・驢・狗・師子・猪・狐・獼猴也、其ノ余ハ悉ク聴スト。或ハ言ク、一切不ト聴サ。」 乃至
(46)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第三十三 (北本師子吼品) に、
一 ¬大般涅槃経¼巻第三十三 (北本師子吼品)、
「菩薩摩訶薩、 飢饉の世において餓へたる衆生を見て、 亀魚の身無量由旬となりてまたこの願をなす。 願はくはもろもろの衆生、 わが肉を取らん時、 取るに随ひ生に随ひてわが肉を食するによりて飢渇の苦を離れて、 一切ことごとく阿耨多羅三藐三菩提の心を発す。 菩薩発願す、 もしわれによることあらん。 飢渇の者といへども、 未来の世にすみやかに二十五有の飢渇の患を遠離することを得ん。 菩薩摩訶薩、 かくのごとくの苦を受けて心退せざる者は、 まさに知るべし、 必定して阿耨多羅三藐三菩提を得ん。 また次に菩薩、 疫疾の世において病苦を見る者は、 この思惟をなす。 薬樹王のごとし。 もし病者ありて根を取り茎を取り枝を取り葉を取り華を取り菓を取り皮を取り膚を取る、 ことごとく病癒ゆることを得。 願はくはわがこの身もまたかくのごとし。 もし病者ありて声聞身に触れ、 血肉乃至骨髄を服食せば、 病ことごとく除癒せん。 願はくはもろもろの衆生、 わが肉を食せん時、 悪心を生ぜずして子肉を食するがごとくせよ。 われ病を治しおはりてつねに説法のために、 願はくはかれを信受し思惟し転教せん。」 乃至
「菩薩摩訶薩、於テ↢飢饉ノ世ニ↡見テ↢餓ヘタル衆生ヲ↡、作テ↢亀魚ノ身無量由旬ト↡復作ス↢是ノ願ヲ↡。願クハ諸ノ衆生、取ラム↢我ガ肉ヲ↡時、随ヒ↠取ニ随テ↠生ニ因テ↠食スルニ↢我ガ肉ヲ↡離テ↢飢渇ノ苦ヲ↡、一切悉ク発ス↢阿耨多羅三藐三菩提ノ心ヲ↡。菩薩発願ス、若シ有ラム↠因ルコト↠我ニ。雖モ↢飢渇ノ者ト↡、未来之世ニ速カニ得ム↣遠↢離スルコトヲ廿五有ノ飢渇之患ヲ。菩薩摩訶薩、受テ↢如ノ↠是ノ苦ヲ↡心不ル↠退セ者ハ、当ニシ知ル、必定シテ得ム↢阿耨多羅三藐三菩提ヲ↡。復次ニ菩薩、於テ↢疫疾ノ世ニ↡見↢病苦ヲ↡者ハ、作ス↢是ノ思惟ヲ↡。如シ↢薬樹王ノ↡。若シ有テ↢病者↡取リ↠根ヲ取リ↠茎ヲ取リ↠枝ヲ取リ↠葉ヲ取リ↠華ヲ取リ↠菓ヲ取リ↠皮ヲ取ル↠膚ヲ、悉ク得↠癒ユルコトヲ↠病。願ハ我ガ此ノ身モ亦復如シ↠是ノ。若シ有テ↢病者↡声聞触レ↠身ニ、服↢食セバ血肉乃至骨髄ヲ↡、病悉ク除癒セム イ ヤス。願ハ諸ノ衆生、食セム↢我ガ肉ヲ時、不シテ生ゼ↢悪心ヲ↡如クセヨ↠食スルガ↢子肉ヲ↡。我治シ↠病ヲ已テ常ニ為ニ↢説法ノ↡、願クハ彼ヲ信受シ思惟シ転教セム。」 乃至
(47)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第三十四 (北本迦葉品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第三十四言、
一法の中において二種の説をなし、 一名の法において無量の名を説く、 一義の中において無量の名を説き、 無量の義において無量の名を説く。」 以上
於テ↢一法ノ中ニ↡作シ↢二種ノ説ヲ↡、於テ↢一名ノ法ニ↡説ク↢无量ノ名ヲ↡、於テ↢一義ノ中ニ↡説キ↢无量ノ名ヲ↡、於テ↢无量ノ義ニ↡説ク↢无量ノ名ヲ↡。」 已上
(48)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第二十一 (北本徳王品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第二十一言、
「また十一部経あり、 毘仏略を除く。 またかくのごときの深密の義なし。 今日この経しかもこれを知ることを得。 善男子、 これを聞かざるをしかもよく聞くことを得と名づく。 聞きおはりて利益するものなり。 もしよくこの大般涅槃経を聴受して、 ことごとくよくつぶさに一切方等大乗経典の甚深の義味を知る。 たとへば男女明浄鏡においてその色像を見ること了々分明なるがごとし。」 以上
「復有リ↢十一部経↡、除ク↢毘仏略ヲ↡。亦無シ↢如ノ↠是ノ深密之義↡。今日此ノ経而モ得↠知コトヲ↟之ヲ。善男子、是ヲ名ク↢不ヲ↠聞而モ能ク得ト↠聞コトヲ。聞キ已テ利益スル者也。若シ能ク聴↢受シテ是ノ大般涅槃経ヲ↡、悉ク能ク具ニ知ル↢一切方等大乗経典ノ甚深ノ義味ヲ↡。譬ヘバ如シ↧男女於テ↢明浄鏡ニ↡見ルコト↢其ノ色像ヲ↡了了分明ナルガ↥。」 已上
(49)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第二十五 (北本徳王品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第廿五言、
「もしよくこの十二部経の甚深の義を聴く者を、 名づけて聴法となす。 聴法とは、 すなはちこれ大乗方等経典なり。 方等経を聴くを真聴法と名づく。 真聴法とは、 すなはちこれ大涅槃経を聴受す。」 乃至
「若シ能ク聴ク↢是ノ十二部経ノ甚深ノ義ヲ↡者ヲ、名テ為ス↢聴法ト↡。聴法ト者、則チ是大乗方等経典也。聴クヲ↢方等経ヲ↡名ク↢真聴法ト↡。真聴法ト者、即是聴↢受ス大涅槃経ヲ↡。」 乃至
(50)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第九 (北本如来性品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第九 (北本如来性品)言、
「正法滅せんと欲せんに、 この経まづまさにこの地に没すべし。 まさに知るべし、 正法の裏相なり。 乃至 正法滅せんと欲せんにまさに賓に至りて具足し無欠にてひそかに地中に没すべし。 あるいは信者あり、 不信者あらん。 かくのごときの大乗方等経典、 甘露法味、 ことごとく地に没らん。 この経没しおはりて、 一切諸余の大乗経典、 みなことごとく滅没せん。」
「正法欲セムニ↠滅セムト、是ノ経先ヅ当ニシ没ス↠於↢此ノ地↡。当ニシ↠知ル、正法ノ裏相也。乃至 正法欲セムニ↠滅セムト当ニシ↧至テ↢賓ニ↡具足シ無欠ニテ潜ニ没ス↦地中ニ↥。或ハ有リ↢信者↡、有ラム↢不信者↡。如ノ↠是ノ大乗方等経典、甘露法味、悉ク没ラム↠於↠地。是ノ経没シ已テ、一切諸余ノ大乗経典、皆悉ク滅没セム。」
(51)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第六 (北本巻七如来性品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第六 (北本巻七如来性品)言、
「もし説きて如来衆生を度せむと欲すためのゆゑに方等経を説たまふといふことあらば、 まさに知るべし、 この人は真にわが弟子なり。 もし方等経を受けざることあらば、 まさに知るべし、 この人はわが弟子ににあらず、 仏法のために出家せざるなり。 すなはちこれ邪見外道の弟子なり。」
「若シ有ラバ↫説テ言コト↪如来為ノ↠欲ス↠度セムト↢衆生ヲ↡故ニ説タマフト↩方等経ヲ↨、当ニシ↠知ル、是ノ人ハ真ニ我弟子也。若シ有ラ↠不ルコト↠受↢方等経ヲ↡者、当シ知、是ノ人ハ非ズ↢我弟子ニ↡、不ル↧為ニ↢仏法ノ↡而出家セ↥也。即チ是邪見外道ノ弟子也。」
(52)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第二 「寿命品」 の二 (北本) に、
一 ¬大般涅槃経¼巻第二「寿命品」之二、
「なんぢいままさに諸仏の境界を観ずべし。 ことごとくみな無常なり。 諸行の性相もまたかくのごとし。 すなはち純陀のために偈を説きてのたまはく、
「汝今当ニシ観ズ↢諸仏ノ境界ヲ↡。悉ク皆無常也。諸行ノ性相モ亦復如↠是。即チ為ニ↢純陀ノ↡而説テ↠偈ヲ言タマハク、
一切のもろもろの世間に、 生ずる者はみな死に帰す。 寿命無量なりといへども、 かならずまさに尽くることあるべし。
一切ノ諸ノ世間ニ 生ズル者ハ皆帰ス↠死ニ 寿命雖モ↢无量也ト↡ 要必ズ当ニシ↠有ル↠尽ルコト
それ盛なるものはかならず衰ふることあり、 合会ふものは別離あり。
壮年なれどもひさしく停らず。 盛なる色病に侵さる。
夫盛ナルモノハ必ズ有リ衰ルコト 合会ハ有リ↢別離↡ 壮年ナレドモサカンナルトシ 不↢久ク停ラ↡ 盛ナル色病ニ所ル↠侵サ
命は死のために呑まる。 法として常のものあることなし。 諸王自在を得れども、 勢力等双なけむ。
命ハ為ニ↠死ノ所↠呑マ 無シ↠有ルコト↢法トシテ常ノ者↡ 諸王得レドモウルコト ↢自在ヲ↡ 勢力無ケム↢等双↡
一切みな遷動す。 寿命もまたかくのごとし。 衆苦輪際なし、 流転して休息なけん。
一切皆遷ウツリ動スオゴク 寿命モ亦如シ↠是ノ 衆苦輪無シ↠際 流転シテ無ケム↢休息↡
三界みな無常なり、 諸有楽しみあることなし。 本性の相に近づくことあれば、 一切みな空無なり」 以上
三界皆無常也 諸有無シ↠有ルコト↠楽 有レバ↠近ヅクコト↢本性ノ相ニ↡ 一切皆空无也」 已上
(53)
一 ¬大円覚経¼ の下巻にのたまはく、 (一丁半)
一 ¬大円覚経¼下巻言、 (一丁半)
「善男子、 無上妙覚もろもろの十方に遍じて如来を出生す。 一切の法と同体平等なり。」 乃至
「善男子、无上妙覚遍ジテ↢諸ノ十方ニ↡出↢生ス如来ヲ↡。与↢一切ノ法↡同体平等也。」 乃至
(54)
一 ¬首楞厳経¼ の巻第十に、
一 ¬首楞厳経¼巻第十、
「もろもろの十方十二の衆生を見、 ことごとくその類を殫す。」 乃至
「見↢諸ノ十方十二ノ衆生ヲ↡畢殫ス↢其ノ類ヲ↡。」 乃至
(55)
一 ¬華厳経¼ の巻第三に、 (晋訳廬舎那仏品 )
一 ¬華厳経¼巻第三、
「一切十方仏世界。」
「一切十方仏世界。」
(56)
一 ¬大般涅槃経¼ の巻第四 (北本如来性品) にのたまはく、
一 ¬大般涅槃経¼巻第四言、
「善男子、 また菩薩摩訶薩ありて大涅槃に住して、 一切の十方無量の諸仏世界を断ち取りておのれが身に内れて、 その中の衆生ことごとく迫迮なし。」 云々 乃至
「善男子、復有テ↢菩薩摩訶薩↡住シテ↢大涅槃ニ↡、断チ↢取テ一切ノ十方無量ノ諸仏世界ヲ↡内レテ↢己ガ身ニ↡、其ノ中ノ衆生悉ク無シ↢迫迮↡。」 云々 乃至
(57)
一 ¬法華経¼ の一巻 (序品) にのたまはく、 十五丁
一 ¬法華経¼一巻云、
「舎利弗、 一切の十方の諸仏の法もまたかくのごとし。」 乃至
「舎利弗、一切ノ十方ノ諸仏ノ法モ亦如↠是ノ。」 乃至
(58)
一 ¬華厳経¼ 第三十九 (晋訳巻三八離世間品) に、
一 ¬華厳経¼第三十九、
「疑心を起さず、 利養を求めず、 また盗法の心を遠離す。」 乃至
「不↠起↢疑心ヲ↡、不↠求↢利養ヲ↡、又復遠↢離ス盗法之心ヲ↡。」 乃至
(59)
一 ¬華厳経¼ 二帙十五巻の四 (晋訳巻一四十廻向品) に、
一 ¬華厳経¼二帙十五巻四、
「衆生をしてともにとこしなへに不思議の深妙の智を修習せしめむと欲して、 あまねく一切衆生のためのゆゑに、 不思議劫のあひだ地獄に住す。」 |
「欲↠令メムト↣衆生ヲシテ具ニ修↢習セ | 住ニ不思議ノ深妙ノ智ヲ↡ |
普ク為ノ↢一切衆生ノ↡故ニ | 不思議劫ノアヒダ住ス↢地獄ニ↡。」 |
(60)
一 ¬大涅槃経¼ の巻三十一 「師子吼菩薩品」 (晋訳巻一四十廻向品) にのたまはく、
一 ¬大涅槃経¼巻三十一「師子吼菩薩品」言、
「菩薩摩訶薩は地獄の業なけれども、 衆生のためのゆゑに大誓願を発して地獄の中に生ず。 善男子、 住昔に寿百年の時、 恒沙の衆生地獄の報を受く。 われこれを見おはりてすなはち大願を発して地獄の身を受く。 菩薩その時に実にこの業なけれども、 衆生のためのゆゑに地獄の果を受く。 われその時において、 地獄の中にありて無量歳を経て、 もろもろの罪人のために十二部経を広開し分別す。 諸人聞きおはりて悪果報を壊して地獄を空しからしむ、 一闡提を除く。 これを菩薩摩訶薩現生にあらずこの悪業を受くと名づく。」 乃至
「菩薩摩訶薩ハ無ケレドモ↢地獄ノ業↡、為ノ↢衆生ノ↡故ニ発シテ↢大誓願ヲ↡生ズ↢地獄ノ中ニ↡。善男子、住昔ニ寿百年ノ時、恒沙ノ衆生受ク↢地獄ノ報ヲ↡。我見↠是ヲ已テ即発シテ↢大願ヲ↡受ク↢地獄ノ身ヲ↡。菩薩爾ノ時ニ実ニ無ケレドモ↢是ノ業↡、為ノ↢衆生ノ↡故ニ受ク↢地獄ノ果ヲ↡。我於テ↢爾ノ時ニ↡、在テ↢地獄ノ中ニ↡経テ↢无量歳ヲ↡、為↢諸ノ罪人ノ↡広↢開シ分↣別ス十二部経ヲ↡。諸人聞キ已テ壊テ↢悪果報ヲ↡令ム↢地獄空シカラ↡、除ク↢一闡提ヲ↡。是ヲ名ク↧菩薩摩訶薩非ズ↢現生ニ↡受クト↦是ノ悪業ヲ↥。」 乃至
(61)
一 ¬華厳経¼ 巻第六十 (晋訳巻五九入法界品) にのたまはく、 二丁半
一 ¬華厳経¼巻第六十言、
「閻羅王のために大光明を放ち、 あまねく地獄を照し一切の苦を滅す。」 乃至
「為ニ↢閻羅王ノ↡放チ↢大光明ヲ↡、普ク照シ↢地獄ヲ↡滅ス↢一切ノ苦ヲ↡。」 乃至
(62)
一 ¬法華経¼ の巻第二 (譬喩品) にのたまはく、
一 ¬法華経¼巻第二 (譬喩品) 言、
「ただ水草を念じて、 余は知るところなし。」 乃至
「但念テ↢水草ヲ↡ 余ハ無シ↠所↠知ル。」 乃至
(63)
一 ¬仏説像法決疑経¼ にのたまはく、
一 ¬仏説像法決疑経¼言、
「十方の諸仏ならびに諸菩薩および声聞衆を供養せんよりはしからず。 人ありて畜生に一口の因食を施せん、 その福かれに勝るること百千万倍無量無辺なり。」 乃至
「供↢養セムヨリハ十方ノ諸仏ニ諸菩薩及ビ声聞衆ヲ↡不↠如。有テ↠人施セム↢畜生ニ一口ノ因食ヲ↡、其ノ福勝ルコト↠彼ニ百千万倍无量无辺也。」 乃至
(64)
一 ¬観経¼ にのたまはく、 欣浄縁
一 ¬観経¼言、欣浄縁
「やや願はくは世尊、 わがために広く憂悩なき処を説たまへ。 われまさに往生すべし。 閻浮提の濁悪世を楽はず。 この濁悪の処は地獄・餓鬼・畜生盈満して、 不善の聚多し。 願はくはわれ未来に悪の声を聞かじ。 悪人を見じ。 いま世尊に向ひたてまつりて五体を地に投げ求哀し懴悔す。 やや願はくは仏日、 われに清浄の業処を観んことを教へたまへ。
「▲唯願ハ世尊、為ニ↠我ガ広ク説タマヘ↧無キ↢憂悩↡処ヲ↥。我当ニシ↢往生ス↡。不↠楽ハ↢閻浮提濁悪世ヲ↡也。◆此ノ濁悪ノ処ハ地獄・餓鬼・畜生盈満シテ、多シ↢不善ノ聚↡。願ハ我未来ニ不↠聞カ↢悪ノ声ヲ↡。不↠見↢悪人ヲ↡。◆今向タテマツリテ↢世尊ニ↡五体ヲ投ゲ↠地ニ求哀シ懴悔ス。◆唯願ハ仏日、教ヘタマヘ↠我ニ観ムコトヲ↠於↢清浄ノ業処↡。
-その時に世尊、 眉間の光を放たまふ。 その光金色にしてあまねく十方無量の世界を照して、 還りて仏の頂に住して、 化して金台となりぬ。 須弥山のごとし。 十方の諸仏浄妙の国土、 みな中において現ず。 あるいは国土あり、 七宝合成せり。 また国土あり、 もはらこれ蓮華なり。 また国土あり、 自在天宮のごとし。 また国土あり、 玻瓈鏡のごとし。 十方の国土、 みな中において現ず。 かくのごときらの無量無辺の諸仏の国土あり、 厳顕にして観つべし。 韋提希をして見せしめたまふ。
◆爾時ニ世尊放タマフ↢眉間ノ光ヲ↡。其ノ光金色ニシテ徧ク照シテ↢十方无量ノ世界ヲ↡、還テ住シテ↢仏ノ頂ニ↡、化シテ為ムヌ↢金台ト↡。如シ↢須弥山ノ↡。十方ノ諸仏浄妙ノ国土、皆於テ↠中ニ現ズ。◆或ハ有リ↢国土↡、七宝合成セリ。復有リ↢国土↡、純ラ是蓮華也。復有リ↢国土↡、如シ↢自在天宮ノ↡。復有リ↢国土↡、如シ↢玻瓈鏡ノ↡。十方ノ国土、皆於テ↠中ニ現ズ。有リ↢如キ↠是ノ等ノ无量无辺ノ諸仏ノ国土↡、厳顕ニシテ可シ↠観ツ。令メタマフ↢韋提希ヲシテ見セ↡。
-時に韋提希、 仏にまうしてまうさく、 世尊、 この諸仏土は、 また清浄にしてみな光明ありといへども、 われいま極楽世界の阿弥陀仏の所に生ずることを楽ふ。 やや願はくは世尊、 われに思惟を教へたまへ、 われに正受を教へたまへと↢。」 以上
◆時ニ韋提希白シテ↠仏ニ言サク、世尊、是ノ諸仏土ハ、雖モ↣復清浄ニシテ皆有ト↢光明↡、◆我今楽フ↠生コトヲ↢極楽世界ノ阿弥陀仏ノ所ニ↡。◆唯願ハ世尊、教ヘ↢我ニ思惟ヲ↡、教ヘト↢我ニ正受ヲ↡。」 已上
(65)
一 ¬首楞厳経¼ の巻第五にのたまはく、
一 ¬首楞厳経¼巻第五言、
「大勢至法王子、 その同倫五十二菩薩と、 すなはち座より起ちて仏足を頂礼し仏にまうしてまうさく、 われ往昔を憶ふに、 恒河沙劫に仏出世ありき、 無量光と名づく。 十二の如来、 一劫をあひ継ぎたまひて、 その最後の仏を超日月光と名づけたてまつりき。 かの仏われに念仏三昧を教へき。 たとへば人あり、 一りはもはら憶することをなし、 一人はもはら忘れんがごとし。 かくのごとき二人は、 もしは逢ひ逢はず、 あるいは見、 見るにあらず。 二人あひ憶ふ、 二りの憶念深きはかくのごとし。 乃至生より生に至るに、 形と影とを同じくしてあひ乖異せず。 十方如来衆生を憐念したまひき。 母の子を憶ふがごとし。 もし子逃げ逝けば、 憶ふといへども何んせん。 子もし母を憶ふこと母の憶ふがごとくなる時は、 母子生を歴れどもあひ違遠せず。 もし衆生の心に仏を憶し念ずれば、 仏、 現前にも当来にも必定仏を見たてまつりて仏を去ること遠からず。 方便を仮らおのずから心開ことを得ること、 染香人の身に香気あり、 これすなはち名づけて香光荘厳といふがごとし。 われもと因地にして、 念仏心をもつて無生忍に入る。 いまこの界において、 念仏の人を摂して浄土に帰す。仏、 円通に問はく、 われ選択なく、 すべて六根を摂して浄念あひ継ぎて三摩地を得。 これを第一とす。」 以上
「大勢至法王子、与↢其ノ同倫五十二菩薩↡、即従↠座起頂↢礼仏足ヲ↡而白↠仏言、我憶↢往昔↡、恒河沙劫ニ有キ↢仏出世↡、名ク↢无量光↡。十二ノ如来、相↢継ギタマヒテ一劫ヲ↡、其ノ最後ノ仏ヲ名ケタテマツリキ↢超日月光ト↡。彼仏教ヘキ↢我ニ念仏三昧ヲ↡。譬ヘバ如↢有↠人一リハ専ハラ為シ↠憶、一人ハ専ラ忘レム↡。如↠是二人ハ、若逢不↠逢ハ、或ハ見非ズ↠見。二人相憶、二ノ憶念深キハ如↠是。乃至従↠生至ルニ↠生、同クシテ↠於↢形ト影ト↡不↢相乖異↡。十方如来憐↢念シタマヒキ衆生ヲ↡。如シ↢母ノ憶↠子。若子逃ゲ逝バ、雖↠憶フト何ン為ム。子若憶コト↠母ヲ如クナル↢母ノ憶フ↡時ハ、母子歴レドモ↠生不相違遠。若シ衆生ノ心ニ憶シ↠仏ヲ念ズレバ、仏現前ニモ当来ニモ必定見タテマツリテ↠仏ヲ去ルコト↠仏不↠遠。不シテ仮ラ↢方便ヲ↡自得ルコト↢心開コトヲ↡、如↧染香人ノ身ニ有リ↢香気↡、此則名テ曰↦香光荘厳ト↥。我本因地ニシテ、以テ↢念仏心ヲ↡入↢无生忍ニ↡。今於↢此界ニ↡、摂シテ↢念仏ノ人ヲ↡帰ス↠於↢浄土↡。仏問↢円通↡、我無ク↢選択↡、都テ摂シテ↢六根ヲ↡浄念相継ギテ得↢三摩地ヲ↡。斯ヲ為↢第一ト↡。」 已上
(66)
一 ¬首楞厳経¼ の巻第七にのたまはく、
一 ¬首楞厳経¼巻第七言、
「土梟らの塊を附りて児となし、 および破鏡鳥毒樹の果をもつて抱きてその子となすに、 子の父母と成りぬ、 みなその食に遭ふがごとし。」
「如シ↧土梟等ノ附リテ↠塊ヲ為↠児、及破鏡鳥以↢毒樹果ヲ↡抱キテ為スニ↢其ノ子ト↡、子ノ成リヌ↢父母ト↡、皆遭フガ↦其ノ食ニ↥。」
(67)
一 ¬首楞厳経¼ の巻第十にのたまはく、
一 ¬首楞厳経¼巻第十言、
「十方の草木、 みな称して有情にして、 人異なし。 草木人となり、 人死して還りて十方の草樹と成る。」 乃至
「十方ノ草木、皆称テ有情ニシテ、与↠人无シ↠異。草木為↠人ト、人死シテ還テ成ル↢十方ノ草樹ト↡。」 乃至
(68)
一 ¬首楞厳経¼ の巻第四にのたまはく、
一 ¬首楞厳経¼巻第四言、
「すなはち殺貪をもつて本となす。 人、 羊を食するをもつて、 羊死して人となり、 人、 死して羊となる。 かくのごとく乃至十生の類、 死々生々にたがひに来りてあひ噉ふ。 悪業ともに生じて未来際を窮む。」 乃至
「則チ以テ↢殺貪ヲ↡為↠本ト。以テ↢人食スルヲ↟羊ヲ、羊死シテ為リ↠人ト、人死シテ為ル羊ト。如↠是乃至十生之類、死死生生ニ互ニ来テ相噉フ。悪業倶ニ生ジテ窮ム↢未来際ヲ↡。」 乃至
(69)
一 ¬般舟三昧経¼ の上 (行品) にのたまはく、
一 ¬般舟三昧経¼上言、
「阿弥陀仏、 この菩薩に語りてのたまはく、 わが国に来生せんと欲はば、 つねにわが名を念ずべし。 しばしばつねにまさに守念して休息あることなかれ。 乃至 この念仏を用ゐるがゆゑに、 まさに阿弥陀仏国に生ずることを得。」 乃至
「阿弥陀仏語テ↢是ノ菩薩ニ↡バチダワボサツ言ハク、欲ハ↣来↢生セムト我国ニ↡者、常ニ念ズベシ↢我ガ名ヲ↡。数数常ニ当ニ守念シテ莫レ↠有ルコト↢休息↡ヤミヤムコト。乃至 用ルガ↢是ノ念仏ヲ↡故ニ、当ニシ得↠生ズルコトヲ↢阿弥陀仏国ニ↡。」 乃至
(70)
一 ¬秘密蔵経¼ にのたまはく、
一 ¬秘密蔵経¼言、
「諸仏出世の本懐は、 阿弥陀仏の名号を説かんがためなり。」
「諸仏出世ノ本懐ハ、阿弥陀仏ノ名号ヲ為也↠説カムガ。」
(71)
一 ¬無量清浄平等覚経¼ の巻上 (巻一意) にのたまはく、
一 ¬无量清浄平等覚経¼巻上言、
「四十八願に約対して、 二十四願を結得す。」
「約↢対シテ四十八願ニ↡、▲結↢得ス二十四願ヲ↡。」
(72)
一 必至滅度相文 (平等覚経巻二) にのたまはく、 偈にこれあり
一 必至滅度相文 (平等覚経巻二) 云、偈在之
「安楽国の世界の 無量光明土に至りて 無数の仏を供養す」「光明中の王、 諸仏中の王なり」 (平等覚経巻一意 ) 云々
「▲安楽国之世界ノ 至↢无量光明土↡ 供↢養於無数仏↡」「▲光明中王、諸仏中王也」 云々
(73)
一 ¬法華経¼ (巻二 譬喩品) にのたまはく、 「無智の人の中にして この経を説くことなかれ」
一 ¬法華経¼言、「無智人中 莫説此経」
(74)
一 ¬十往生経¼ (意) にのたまはく、
一 ¬十往生経¼言、
「無智無信の人の中にしてこの経を説くことなかれ」 ¬安楽集¼ 下巻の末にあり
「▲无智无信ノ人ノ中ニシテ莫レ↠説クコト↢是ノ経ヲ↡」¬安楽集¼下巻ノ末ニアリ
(75)
一 ¬尼母経¼ (巻四) にのたまはく、 大石をもつて仏を打ちたてまつる。 諸天すなはちこの石を接りて他山に擲げ著く。 小石ありて破れたる来りて仏の足を傷る。」
一 ¬尼母経¼云、「以テ↢大石ヲ↡打チタテマツル↠仏ヲ。諸天即チ接テ↢此ノ石ヲ↡擲ゲ↢著ク他山ニ↡。有テ↢小石↡破レタル来テ傷ル↢仏ノ足ヲ↡。」
(76)
一 ¬金剛宝戒章¼ の上にいはく、
一 ¬金剛宝戒章¼上云、
「調達、 悪心を発してすなはち臥長一丈五尺の石を執りて、 欽坡羅城に臨みて、 仏を打つ。 時に欽坡羅夜叉、 その石を受けて他山に投ぐ。 その石の破れ、 つひに仏足を痛ましむ。 血を出してよりて調達地獄に堕つ。
「調達発シテ↢悪心ヲ↡即執テ↢臥長一丈五尺ノ石ヲ↡、臨テ↢欽坡羅城ニ↡、打ツ↠仏ヲ。于↠時欽坡羅夜叉、受テ↢其ノ石ヲ↡投グ↢他山ニ↡。其ノ石ノ破レ、遂ニ痛ム↢仏足ヲ↡。出↠血仍調達堕↢地獄ニ↡。
(77)
一 ¬金剛宝戒章¼ の下にいはく、
一 ¬金剛宝戒章¼下云、
「¬経¼ にのたまはく、 諸法は本よりこのかた、 つねにおのずから寂滅の相なり。 山河・大地等、 本来寂滅の心なり。 万法形を示し色を顕はす、 これ草木の説法なり。 色を見て知り齅いで香を悟る、 これ説法を聴聞するなり。 口音の説は、 下根のための説法なり。 音を出し文を説く、 これはこれ小児の啼を息めむがためなり。 あへて大人のための説法にはあらざるなり。 およそ真の説法とは、 われは草木の説法を聴き、 草木はわが説法を聞く。 これ如来の知見、 学者の前の説法なり。」 乃至
「¬経ニ¼云ハク、諸法ハ従↠本来タ、常ニ自寂滅ノ相也。山河・大地等、本来寂滅ノ心也。万法示シ↠形ヲ顕ハス↠色ヲ、是草木之説法也。見テ↠色ヲ知リ齅イデ香ヲ悟ル、是聴↢聞スル説法ヲ↡也。口音之説者、為ノ↢下根ノ↡之説法也。出シ↠音ヲ説ク↠文ヲ、此ハ是為↠息メムガ↢小児之啼ヲ↡也。敢ヘテ非ル↧為ノ↢大人ノ↡之説法ニハ↥也。凡ソ真ノ説法ト者、吾ハ聴キ↢草木之説法ヲ↡、草木ハ聞ク吾之説法ヲ↡。是如来ノ知見、学者之前之説法也。」 乃至
(78)
一 ¬念仏縁起¼ の定にいはく、
一 ¬念仏縁起¼定云、
「西山の頂に虫あり、 八珍といふ。 生死を悲しみて終夜鳴く。 西海の底に魚あり、 冤芸といふ。 無常を嘆きて終日に懣く。 魚・虫なほ厭離の心あり、 いはんや人倫をや。
「西山之頂ニ有リ↠虫、云フ八珍ト。悲ミテ↢生死ヲ↡終夜鳴ク。西海ノ底ニ有リ↠魚、云フ↢冤芸ト。嘆テ↢無常ヲ↡終日ニ懣ク。魚・虫猶有リ↢厭離ノ心↡、云何人倫ヲヤ。
(79)
一 ¬教行証¼ の六 (化身土巻) にいはく、 「愚禿釈の鸞、 論主の解義を仰ぎ、 宗師の勧化によりて、 久しく万行諸善の仮門を出でて、 永く双樹林下の往生を離る。 善本徳本の真門に回入して、 ひとへに難思往生の心を発しき。 しかるにいままさに方便の真門を出でて選択の願海に転入せり。 すみやかに難思往生の心を離れて難思議往生を遂げんと欲す。 果遂の誓い、 まことに由あるかな。 ここにひさしく願海に入りて深く仏恩を知れり。 至徳を報謝のために、 真宗の簡要を摭ふて恒常に不可思議徳海を称念す。」 以上
一 ¬教行証¼六云、「▲愚禿釈ノ鸞、仰ギ↢論主ノ解義ヲ↡、依テ↢宗師ノ勧化ニ↡、久ク出デヽ↢万行諸善之仮門ヲ↡、永ク離ル↢双樹林下之往生ヲ↡。廻↢入シテ善本徳本ノ真門ニ↡、偏ニ発シキ↢難思往生之心ヲ↡。◆然ルニ今将ニ出デヽ↢方便ノ真門ヲ↡転↢入セリ↢選択ノ願海ニ↡。速ニ離レテ↢難思往生ノ心ヲ↡欲ス↠遂ゲムト↢難思議往生ヲ↡。果遂之誓、良ニ有↠由哉。◆爰ニ久入テ↢願海ニ↡深ク知レリ↢仏恩ヲ↡。為ニ↣報↢謝ノ至徳ヲ↡、摭フテ↢真宗ノ簡要ヲ↡恒常ニ称↢念ス不可思議徳海ヲ↡。」 已上
(80)
また (化身土巻) いはく、
又 (化身土巻) 云、
「¬大論¼ に四依を釈していはく、 涅槃に入らむと欲せし時、 もろもろの比丘に語りたまはく、 今日より法に依りて人に依らざるべし、 義に依りて語に依らざるべし、 智に依りて識に依らざるべし、 了義経に依りて不了義に依らざるべし。
「▲¬大論ニ¼釈シテ↢四依ヲ↡云ク、◆欲セシ↠入ラムト↢涅槃ニ↡時、語リタマハク↢諸ノ比丘ニ↡、従リ↢今日↡応シ↢依テ↠法ニ不ル↟依↠人ニ、応シ↢依テ↠義ニ不ル↟依↠語ニ、応シ↢依テ↠智ニ不ル↟依↠識ニ、応シ↧依テ↢了義経ニ↡不ル↞依↢不了義ニ↡。
-法に依らば、 十二部あり、 この法に随ふべし、 人に随ふべからず。
◆依ラ↠ルト法ニ者、有リ↢十二部↡、応シ↠随フ↢此ノ法ニ↡、不↠応ラ↠随フ↠人ニ。
-義に依るとは、 義の中に好悪・罪福・虚実を諍ふことなし、 ゆゑに語はすでに義を得たり、 義は語にあらざるなり。 人指をもつて月を指ふ、 もつてわれを示教す、 指を看視して月を視ざるがごとし。 人語りていはん、 われ指をもつて月を指ふ、 なんぢをしてこれを知らしむ、 なんぢなんぞ指を看てしかして月を視ざるやと。 これまたかくのごとし。 語は義の指とす、 語は義にあらざるなりと。 これをもつてのゆゑに、 語に依るべからず。
◆依ルト↠義ニ者、義ノ中ニ無シ↠諍コト↢好悪・罪福・虚実ヲ↡、故ニ語ハ已ニ得タリ↠義ヲ、義ハ非ル↠語ニ也。如シ↧人以テ↠指ヲ指フ↠月ヲ以テ示↢教ス我ヲ↡、看↢視指ヲ↡而不ガ↞視↠月ヲ。人語リテ言ハム、我以テ↠指ヲ指フ↠月ヲ令ム↢汝ヲシテ知ラ↟之ヲ、汝何ゾ看テ↠指ヲ而シテ不ルヤト↠視↠月ヲ。此亦如シ↠是ノ。語ハ為↢義ノ指ト↡、語ハ非ル↠義ニ也ト。以ノ↠此ヲ故ニ、不↠応ラ↠依ル↠語ニ。
-智に依るとは、 智はよく善悪を籌量し分別す。 識はつねに楽を求む、 正要に入らず。 このゆゑに不応依識と言へり。
◆依ト↠智ニ者、智ハ能ク籌↢ハカラヒ量シハカリ分↣別ス善悪ヲ↡。識ハサトル常ニ求ム↠楽ヲ、不↠入ラ↢正要ニ↡。是故ニ言ヘリ↢不応依識ト↡。
-依了義経とは、 一切智人います、 仏第一なり。 一切諸経書の中に仏法第一なり。 一切衆の中に比丘僧第一なり。 無仏世の衆生を、 仏、 これを重罪としたまへり、 見仏の善根を種へざる人なり。」 以上
◆依了義経ト者、有ス↢一切智人↡仏第一也。一切諸経書ノ中ニ仏法第一也。一切衆ノ中ニ比丘僧第一也。◆无仏世ノ衆生ヲ、仏為タマヘリ↢此ヲ重罪ト↡、不ル↠種ヘ↢見仏ノ善根ヲ↡人也。 已上
-しかれば末代の道俗、 よく四依を知りて法を修すべきなりと。 しかるに正真の教意に拠りて古徳の伝説を披く。 聖道・浄土の真仮を顕開して、 邪偽異執の外教を教誡す。 如来涅槃の時代を勘決して正像末法の旨際を開示す。
◆爾者末代道俗、善ク可キ↧知テ↢四依ヲ↡修ス↞法ヲ也ト。◆然ルニ拠テ↢正真ノ教意ニ↡披ク↢古徳ノ伝説ヲ↡。顕↢開シテ聖道・浄土ノ真仮ヲ↡、教↢誡スイマシム邪偽異執ノ外教ヲ↡。◆勘↢カンガヘ決シテサダム 如来涅槃之時代ヲ↡開↢示ス正像末法ノ旨際ヲ↡。
-ここをもつて玄忠寺の綽和尚のいはく、 しかるに修道の身、 相続して絶へずして、 一万劫を逕てはじめて不退の位を証す。 当今の凡夫は現に信想軽毛と名づく。 また仮名といへり、 また不定聚と名づく、 また外の凡夫と名づく。 いまだ火宅を出でず。
◆是ヲ以テ玄忠寺ノ綽和尚ノ云ク、◆然ニ修道之身、相続シテ不シテ↠絶ヘ、逕テ↢一万劫ヲ↡始テ証ス↢不退ノ位ヲ↡。当今ノ凡夫ハ現ニ名ク↢信想軽毛ト↡。亦曰ヘリ↢仮名ト↡、亦名ク↢不定聚ト↡、亦名ク↢外ノ凡夫ト↡。未ズ ダ↠出↢火宅ヲ↡。
-なにをもつて知ることを得んと、 ¬菩薩瓔珞経¼ に拠りて、 つぶさに入道の行位を弁ずるに、 法爾なるがゆゑに難行道と名づく。 またいはく、 教興の所由を明して、 時に約し機に被らしめて浄土に勧帰することありては、 もし機と教と時と乖けば、 修しがたく入りがたし。」 乃至
◆何ヲ以テ得ムト↠知ルコトヲ、拠テ↢¬菩薩瓔珞経ニ¼↡、具ニ弁ズルニ↢入道行位ヲ↡、法爾ナルガ故ニ名ク↢難行道ト↡。◆又云ク、有テ↧明シテ↢教興ノオコリ所由ヲ↡、約ヨルシ↠時ニ被ラシメテ↠機ニ勧↦帰スルコト浄土ニ↥者、若シ機ト教ト時ト乖ケバ、難ク↠修シ難シ↠入。」 乃至
(81)
一 親鸞上人 (化身土巻) いはく、
一 親鸞上人云、
「経家に拠りて師釈を披くに、 雑行の中の雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。 また正行の中の専修専心・専修雑心・雑修雑心は、 これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。 ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。 仏心の光明、 余の雑業の行者を照摂せざるなり。 仮令の誓願まことに由あるかな。 仮門の教、 忻慕の釈、 これいよいよ明らかなり。
「▲拠テ↢経家ニ↡披クニ↢師釈ヲ↡、雑行之中ノ雑行雑心・雑行専心・専行雑心アリ。亦正行之中ノ専修専心・専修雑心・雑修雑心ハ、此皆辺地・胎宮・懈慢界ノ業因也。故ニ雖モ↠生ト↢極楽ニ↡不↠見タテマツラ↢三宝ヲ↡。仏心ノ光明、不ル↣照↢摂セ余ノ雑業ノ行者ヲ↡也。◆仮令之誓願良ニ有ル↠由哉。仮門之教、忻ネガイ慕之シタフ 釈、是弥明カ也。
(82)
一 ¬観音悲華経¼ にのたまはく、
一 ¬観音悲華経¼言、
「むかし霊山にましましては妙法と名づけ、 いま西方にましましては弥陀となづけ、
「昔在シテハ↢霊山ニ↡名ケ↢妙法ト↡ | 今在テハ↢西方ニ↡名ケ↢弥陀ト↡ |
濁世末代にしては観音と名づく。 三世の利益は同じく一体なり。
濁世末代ニシテハ名ク↢観音ト↡ | 三世ノ利益ハ同ジク一体也 |
一切如来の大慈悲は、 みな一体の観世音に集む。
一切如来ノ大慈悲ハ | 皆集ム↢一体ノ観世音ニ↡ |
極楽にしては称して無量寿となし、 娑婆にしては観世音と示現す。
極楽ニシテハ称シテ為シ↢無量寿ト↡ | 娑婆ニシテハ示↢現ス観世音ト↡ |
(83)
一 (智者大師別伝意 ) 「これ ¬妙法華¼ の本迹二門なり。 その理甚遠にして、 解りがたくして入りがたし。 しばらく置く論ぜざれ。 すなはち西方に詣でて仏に値ひたてまつりてみな悟る。」 文の意は、 ¬法華¼ 四巻まで読みて、 いま残り半部は、 西方の弥陀に値ひたてまつりてみな悟るべしと仰せられき。
一 「是¬妙法花¼本迹二門也。其理甚ダ遠シニシテ、難クシテ↠解リ難シ↠入リ。且 シヤ ク置 チ ク不レ↠論ゼ。即チ詣デヽ西方ニ↡値ヒタテマツリテ↠仏ニ皆悟ル。」文ノ意ハ、¬法花¼四巻マデヨミテ、今ノコリ半部ハ、西方ノミダニアヒタテマツリテミナサトルベシトオホセラレキ
(84)
一 「この功徳をもつて修するところの善は、 所生の存亡等にす。 願はくはわれ修するところの妙法の善は、 極楽の弥陀尊に回向したてまつる。」
一 「以テ↢此ノ功徳ヲ↡所ノ↠修スル善ハ、廻↢向ス所生ノ存亡等ニ↡。願ハ我所ノ↠修スル妙法ノ善ハ、廻↢向シタテマツル極楽ノ弥陀尊ニ↡。」
(85)
一 ¬業報差別経¼ にのたまはく、
一 ¬業報差別経¼言、
「高声念仏・読経するに、 十種の功徳あり。 一にはよく睡眠を遣く、 二には天魔驚怖す、 三には声十方に徧す、 四には三途の苦を息む、 五には外の声入らず、 六には心をして散らざらしむ、 七には勇猛精進なり、 八には諸仏歓喜したまふ、 九には三昧現前す、 十にはさだめて浄土に生ず。」 以上抄出
「▲高声念仏・読経スルニ、キヤウヲヨムナリ有リ↢十種ノ功徳。一ニハ能ク遣ク↢睡眠 ネブリ ヲ↡、二ニハ天魔驚オドロキ怖スオソル、三ニハ声徧ス↢十方ニ↡、四ニハ三途ノ息ム↠苦ヲ、五ニハ外ノ声不↠入ラ、六ニハ令ム↢心ヲシテ不ラ↟散ラ、七ニハ勇猛精進也、八ニハ諸仏歓喜シタマフ、九ニハ三昧現前ス、十ニハ定メテ生ズ↢浄土ニ↡。」 已上抄出
(86)
一 憬興師の (述文賛巻下) いはく、
一 憬興師ノ (述文賛巻下) 云ク、
「仏智 清浄法界 不思議智 大円鏡智 不可称智 平等性智 大乗広智 妙観察智 無等無倫最上勝智 成所作智」
「▲仏智 清浄法界 不思議智 大円鏡智 不可称智 平等性智 大乗広智 妙観察智 无等无倫最上勝智 成所作智」
(87)
一 ¬華厳経¼ にのたまはく、
一 ¬華厳経¼言、
「一たび一切のもろもろの神祇を礼すれば、 蛇身に五百たび生ずることを受るなり。 現世には福徳さらに来らず、 後生には地獄に大苦を受るなり。
「一ビ礼スレバ↢一切ノ諸ノ神祇ヲ↡、生ズルコトヲ↢受ルナリクル 蛇身ニ五百度↡。現世ニハ福徳更ニ不↠来ラ、後生ニハ地獄ニ受ル也↢大苦ヲ↡。
(88)
一 瞋恚熾盛 蛇蝎 愚痴熾盛 鷺 淫欲熾盛 鴿
一 瞋恚熾盛 蛇ヘンビ 蝎ムカデ 愚痴熾盛 鷺 淫欲熾盛 鴿
(89)
一 十二類生は
一卵生 二胎生 三湿生 四化生 五有色生 六無色生 七有相生 八無相生 九非有色生 十非無色生 十一非有相生 十二非無相生
一 十二類生者
一卵生 二胎生 三湿生 四化生 五有色生 六无色生 七有相生 八無相生 九非有色生 十非无色生 十一非有相生 十二非无相生
(90)
一 摂大乗には七種の生死を立つ
一分段生死 (三界の果報なり) 二流来生死 (迷真の始めなり) 三反出生死 (痴志の始めなり) 四方便生死 五因縁生死 六有後生死 七無後生死
一 摂大乗ニハ 立↢七種ノ生死ヲ↡
一分段生死 (三界果報也) 二流来生死 (迷真始也) 三反出生死 (痴志始也) 四方便生死 五因縁生死 六有後生死 七無後生死
(91)
¬大経¼ の上にのたまはく、 十二光仏
¬大経¼上言、
「無量寿仏を、 無量光仏・無辺光仏・無礙光仏・無対光仏・焔王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。」
「▲無量寿仏ヲ、号ス↢无量光仏・无辺光仏・无光仏・无対光仏・炎王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・无称光仏・超日月光仏ト↡。」
(92)
¬無量寿如来会¼ (巻上) にのたまはく、 十五光
¬無量寿如来会¼言、
「阿難、 この義をもつてのゆゑに、 無量寿仏にまた異名まします。 いはく無量光・無辺光・無著光・無碍光・光照王・端厳光・愛光・喜光・可観光・不思議光・無等光・不可称量光・映蔽日光・映蔽月光・掩奪日月光なり。
「▲阿難、以↢是義↡故ニ、无量寿仏ニ復有ス↢異名↡。謂ク无量光・无辺光・无著ツク 光・クルフ无光・光照王・端厳光・愛光・喜光・可観光・不思議光・无等光・不可称量光・映蔽日光・映蔽月光・掩オヽウ奪ウバフ日月光ナリ。
(93)
一 四王生八子とは
一浄飯王生 一悉達 二難陀 二白飯王生 一調達 二阿難
三斛飯王生 一摩訶男 二阿那律 四甘露飯王生 一跋提 二提沙
一 四王生八子者
一浄飯王生 一悉達 二難陀 二白飯王生 一調達 二阿難
三斛飯王生 一摩訶男 二阿那律 四甘露飯王生 一跋提 二提沙
(94)
一 仏十大弟子
一舎利弗 身子と翻ず 智慧第一 二目連 採菽と翻ず 神通第一 三迦葉 飲光と翻ず 頭陀第一
四須菩提 空生と翻ず 無諍第一 五富楼那 慈子と翻ず 説法第一 六迦旋延 扇縄と翻ず 論義第一
七阿那律 無貪と翻ず 天眼第一 八優波離 近執と翻ず 持戒第一 九羅睺羅 障蔽と翻ず 密行第一
十阿難陀 慶喜と翻ず 多聞第一
一 仏十大弟子
一舎利弗 翻↢身子↡ 智慧第一 二目連 翻↢採菽↡ 神通第一 三迦葉 翻↢飲光↡ 頭陀第一
四須菩提 翻↢空生↡ 无諍第一 五富楼那 翻↢慈子↡ 説法第一 六迦旋延 翻↢扇縄↡ 論義第一
七阿那律 翻↢無貪↡ 天眼第一 八優波離 翻↢近執↡ 持戒第一 九羅睺羅 翻↢障蔽↡ 密行第一
十阿難陀 翻↢慶喜↡ 多聞第一
(95)
一 ¬善悪因果経¼ に説きて (意) のたまはく、 十二来
一 ¬善悪因果経¼説言、
「六根具足は持戒の中より来る 諸根不具は破壊の中より来る
端正は忍辱の中より来る 愚痴は不孝の中より来る
福徳は布施の中より来る 貧窮は貪欲の中より来る
下賎は憍慢の中より来る 高姓は礼拝の中より来る
盲聾は不信の中より来る 瘖瘂は誹謗の中より来る
短命は敬生の中より来る 長命は慈悲の中より来る
「六根具足者自↢持戒中↡来 諸根不具者自↢破壊中↡来
端正者自↢忍辱中↡来 愚痴者自↢不孝中↡来
福徳者自↢布施中↡来 貧窮者自↢貪欲中↡来
下賎者自↢憍慢中↡来 高姓者自↢礼拝中↡来
盲聾者自↢不信中↡来 瘖瘂者自↢誹謗中↡来
短命者自↢敬生中↡来 長命者自↢慈悲中↡来」
(96)
一 ¬大集経¼ にのたまはく、 十来
一 ¬大集経¼言、十来
「端正は忍辱の中より来る 貧窮は慳貪の中より来る
高性は礼拝の中より来る 下賎は憍慢の中より来る
瘖瘂は誹謗の中より来る 盲聾は不信の中より来る
長寿は慈悲の中より来る 短命は敬生の中より来る
諸根不具は破壊の中より来る 六根具足は持戒の中より来る
「端正者忍辱中来 貧窮者慳貪中来
高性者礼拝中来 下賎者憍慢中来
瘖瘂者誹謗中来 盲聾者不信中来
長寿者慈悲中来 短命者敬生中来
諸根不具破壊中来 六根具足持戒中来」
(97)
一 ¬要集¼ の中巻大文第五にいはく、
一 ¬要集¼中巻大文第五云、
「¬平等覚経¼ にのたまはく、 無量清浄仏、 無量清浄仏とは、 これ阿弥陀仏なり。」
「▲¬平等覚経¼云、「无量清浄仏、无量清浄仏ト者、是阿弥陀仏也。」
(98)
一 茸を服すべからざる事
一 不ル↠可ラ↠服ス↠茸ヲ事
(98-1)
¬十住断結経¼ にのたまはく、
「釈尊茸を食したまひて、 七日悩んで説法の中絶へたまふ。」文
¬十住断結経¼言、
「釈尊食タマヒテ↠茸ヲ、悩ムデ↢七日↡説法中絶ヘタマフ。」文
(98-2)
¬有情輪回経¼ にのたまはく、
「茸を食するゆゑに、 諸仏の種子を断じて無上道を得ず。」文
¬有情輪廻経¼言、
「食スル↠茸ヲ故ニ、断ジテ↢諸仏ノ種子ヲ↡不↠得↢无上道ヲ↡。」文
(98-3)
大蔵一蘭に ¬阿経¼ を引きてのたまはく、
「茸ありと知らせたらんものには、 同坐すべからず。 いかにいはんやみずから食せんをや。」
大蔵一蘭ニ引テ↢¬阿経ヲ¼↡言、
「知ラセタラム↠有リト↠茸者ニハ、不↠可↢同坐ス↡。何ニ況ヤ食セムヲ↠自哉。」
(98-4)
また ¬義軌¼ に秘経を引きてのたまはく、
「茸を食するに十三の失あり。 一には大寝す、 二には癲狂、 三は頓死、 四は鶴乱、 五は疾病、 六は白癩、 七は失念、 八は闇目乃至魔縁便を得て、 最後に無記にしてつひに地 ごくに堕つ。」文
又¬義軌ニ¼引テ↢秘経ヲ↡言ク、
「食スルニ↠茸ヲ有リ↢十三ノ失↡。一ニハ大寝ス、二ニハ癲狂、三ハ頓死、四ハ鶴乱、五ハ疾ニハカニ病、ヤマヒオコル六ハ白癩、七ハ失念、八ハ闇目メクラナル乃至魔縁得テ↠便ヲ、最後ニ無記ニシテ遂ニ堕ツ↢地獄ニ↡。」文
(99)
一 問ふ。 善導といふ事、 経文に見へたりや。
一 問。善導云事、経文ニ見ヘタリ耶。
(99-1)
答ふ。 ¬提謂経¼ にのたまはく、 「釈迦如来の滅後、 末世に善導世に出でて、 悪人を導くべし。」
答。¬提謂経ニ¼言ハク、「釈迦如来ノ滅後、末世ニ善導出デヽ↠世ニ、可シ↠導ク↢悪人ヲ↡。」
(99-2)
また ¬遺教経¼ にも、 「善導」 といふ。
又¬遺教経ニモ¼、「善導ト」云。
(100)
一 「一見の輩、 ともに仏果を期すべし。」
聖徳太子、 天王寺瓦の銘文なり。
一 「一見之輩、共ニ期スベシ仏果ヲ↡。」
聖徳太子、天王寺瓦銘文也。
文永六年 己巳、 この文は顕れ給へり。 天王寺にまします。
文永六年 己巳、此文ハ顕レ給ヘリ。天王寺ニ坐ス。
(101)
一 御入滅日記事
釈迦如来、穆王壬申二月十五日
龍樹菩薩 十月十八日
天親菩薩 三月三日 御年八十
菩提留支 十一月四日 御年百五十六
羅什三蔵 八月廿日
曇鸞法師 七月七日 御年六十七
道綽禅師 四月廿七日 御年八十四
善導和尚 三月十四日或廿七日
懐感禅師 八月三十日
小康 十月三日
聖徳太子 二月廿二日 御年四十九
恵慈禅師 六月廿二日 太子ニ一年オトリテ
空也聖人 九月十一日 御年七十
源信和尚 六月十日
永観律師 十一月二日 御年七十九
源空上人 正月廿五日 御年八十
信空法師 九月九日
隆寛律師 六月十六日 御年八十
聖覚法印 三月五日 御年六十九
親鸞上人 十一月廿八日 御年九十
真仏法師 三月八日 御年五十
(102)
一 馬鳴菩薩 三月三日
伝教大師 六月十四日 御年五十六
弘法大師 三月廿一日
慈覚大師 正月十四日 御年七十一
行基菩薩 二月二日 御年八十
(103)
一 百丈禅師の清規の病僧の段にのたまはく、
一 百丈禅師ノシンキノ病僧ノ段ニ云ハク、
「大事いまだ発明せずは、 弥陀の名号を勧むべし。」 云々
「大事未ズ ダ↢発明セ↡者、可シ↠勧ム↢弥陀ノ名号ヲ↡。」 云々
(104)
一 ¬金剛頂瑜伽念珠経¼ (意) にのたまはく、
一 ¬金剛頂瑜伽念珠経¼言、
「念珠の数は、 一千八十、 一百八、 五十四、 二十七。」 とあげたり
「念珠ノ数ハ、一千八十、一百八、五十四、二十七。」トアゲタリ
(105)
一 ¬校量数珠功徳経¼ (意) にのたまはく、
一 ¬校量数珠功徳経¼言、
「念珠の数、 百八、 五十四、 二十七、 十四」 と定めたり。
世の常に、 数を種々になすは、 これらの文によりてか。 また数珠の体は、 もとより本経に背けり。 かの二経には、 同じく金・銀・銅・鉄の数珠をあげたり。 あるいは水精・真珠等の数珠をあげ、 あるいは木槵子・蓮子等の数珠をあげたり。 しかるを日本国の風俗として諸木をすて、 円になし平になす。 この事、 まつたくかの二経に挙げざるところなり。 いはんや浄土門には、 念珠の数取と定む。 また数も体も心に任す心か。
「念珠数、百八、五十四、廿七、十四」ト定タリ。
ヨノ常ニ、カズヲ種々ニナスハ、コレラノ文ニ依テ歟。又数珠ノ体ハ、本ヨリ本経ニ背ケリ。彼二経ニハ、同ジク金・銀・銅・鉄ノズヾヲアゲタリ。或ハ水精・真珠等ノズヾヲアゲ、或ハ木槵子・蓮子等ノズヾヲアゲタリ。シカルヲ日本国ノ風俗トシテ諸木ヲステ、円ニ成シ平ニ成ス。此ノ事、全ク彼二経ニ挙ザル所也。況ヤ浄土門ニハ、念珠ノ数取ト定ム。又数モ体モ心ニ任ス心歟。
(106)
一 曇鸞、 四論の講説を捨てたる事
一 曇鸞捨↢四論講説↡事
問ふ。 四論とはなにや。 答ふ。 一には ¬百論¼、 二には ¬中論¼、 三には ¬十二門論¼、 四には ¬智度論¼、 これを四論と名づくなり。
問。四論者何ヤ。答。一ニハ¬百論¼、二ニハ¬中論¼、三ニハ¬十二門論¼、四ニハ¬智度論¼、是ヲ名ク↢四論ト↡也。
(107)
一 大兎牖を出づる事
一 大兎出ル↠牖ヲ事
枳哩枳王夢にいはく、 大兎窓を出づるに、 一尾のために礙へらる。 云々 この由を見て不思議なりと思ひて、 迦葉仏の御前に詣でてこの由を問ひたてまつる。 迦葉仏答へていはく、 当時の事にあらず。 末世に釈迦といふ仏世に出でたまはむ時、 五濁増にして衆生を化すといへども生死を出でがたきゆゑに、 かくのごとく見るなり。 云々
枳哩枳王夢ニ云ハク、大兎出ルニ↠窓ヲ、為ニ↢一尾ノ↡所ル礙ヘ。云々 此ノ由ヲ見テ不思議也ト思テ、迦葉仏之御前ヘニ詣デヽ奉ル↠問ヒ↢此ノ由ヲ↡。迦葉仏答テ云ハク、当時ノ事ニ非ズ。末世ニ釈迦ト云フ仏出デ↠世ニ給ハム時、五濁増ニ而雖モ↠化スト↢衆生ヲ↡難キ↠出デ↢生死↡故ニ、如ク↠此ノ見ル也。云々
(108)
¬仁王経¼ (巻下嘱累品) にのたまはく、 「白衣高座、比丘地立。」
¬仁王経¼云ハク、「白衣高座ザウボフノトキニハ、比丘地オトコハタカキ立。」トコロニオル也
(109)
一 四種蓮華 優青 鉢羅華 狗黄 物頭華 婆赤 曇摩華 芬白 陀利華
一 四種蓮華 優青 鉢羅華 狗黄 物頭花 婆赤 曇摩華 芬白 陀利華
(110)
一 天竺に四姓あり
一 天竺ニ四姓アリ
刹利種姓 王の姓なり 婆羅門種姓 臣下の姓なり 毘舎種姓 商人の姓なり 首陀種姓 百姓の姓なり
刹利種姓 王ノ姓也 婆羅門種姓 臣下ノ姓也 毘舎種姓 商人ノ姓也 首陀種姓 百姓ノ姓也
(111)
一 ¬律宗新学名句¼ (巻中意) にいはく、
一 ¬律宗新学名句ニ¼云ハク、
「戒名にいはく、 五種の正食、 一飯、 二乾飯、 三麨、 四魚、 五肉 音あるもの足あるものこれらをいます」
「戒名ニ云ク、五種ノ正食、一飯、二乾飯、三麨、四魚、五肉 音アルモノ足アルモノコレラヲイマス」
(112)
一 五辛、 みな七日七日といへり。 これは行じなんとする事なりと 云々。
一 五辛、ミナ七日七日ト云ヘリ。是ハ行オコナヒナムトスル事也ト 云々。
(113)
¬僧尼令¼ にいはく、 「僧尼五辛を食すれば、 三十日苦使。」
¬僧尼令ニ¼云ハク、「僧尼食スレ↢五辛ヲ↡者、三十日苦使。」
(114)
一 五辛、 ¬報応経¼ にのたまはく、
一 五辛、¬報応経ニ¼云ハク、
「病あらんとき、 伽藍の外白衣家にありて服するに、 四十九日を満つと沐浴の後は許す。」 云々
「病開、在リテ↢伽藍ノ外白衣家ニ↡服已ニ、満ツト↢四十九日ヲ↡沐浴ノ後ハ許ス。」 云々
(115)
一 ¬毘奈耶雑事¼ にいはく、
一 ¬毘奈耶雑事ニ¼云ク、
「蒜七日夜、 葱三日夜、 薤一日夜。」
「蒜七日夜、葱三日夜、薤一日夜。」
(116)
一 五辛、 ¬梵網経¼ にこれを説く。
一 五辛、¬梵網経ニ¼説ク↠之ヲ。
「大一 蒜 慈二 葱 角三 葱 蘭四 葱 興五 蕖。」
「大蒜オオヒル 慈葱キ 角葱ニラ 蘭葱アラヽギ 興蕖 クレノオモ。」
(117)
一 薬師十二夜叉大将軍
寅 宮羅大将 普賢菩薩
卯 伐析羅大将 薬師菩薩
辰 迷企羅大将 文殊師利菩薩
巳 安底羅大将 地蔵菩薩
午 頞爾羅大将 虚空蔵菩薩
未 珊底羅大将 摩利子天
申 因達羅大将 観世音菩薩
酉 波夷羅大将 阿弥陀如来
戌 摩虎羅大将 大勢至菩薩
亥 真達羅大将 弥勒菩薩
子 招杜羅大将 釈迦如来
丑 羯羅大将 金剛寿菩薩
(118)
一 六地蔵
救勝地蔵 光味地蔵 獲散地蔵 牟尼地蔵 華供地蔵 諸龍地蔵
(119)
一 ¬小阿弥陀経¼ にのたまはく、「十劫」。」
一 ¬小阿弥陀経¼言、「▲十劫」。」
(120)
一 ¬称讃浄土経¼ にのたまはく、 「十大劫」。」
一 ¬称讃浄土経¼言、「▲十大劫」。」
(121)
一 ¬大阿弥陀経¼ (巻上) にのたまはく、 「十小劫」。」
一 ¬大阿弥陀経¼言、「▲十小劫」。」
(122)
一 ¬大経¼ (巻上) にのたまはく、 「十劫」。」
一 ¬大経¼言、「▲十劫」。」
(123)
¬注十疑論¼ にいはく、 「釈迦大師の一代説法、 処々の聖教に、 ただ衆生心をもつぱらにしてひとへに阿弥陀仏を念ぜよと勧めたり。」
¬注十疑論¼云、「釈迦大師一代説法、処々ノ聖教ニ、唯勧メタリ↣衆生専ニシテ↠心ヲ偏ヘニ念ゼヨト↢阿弥陀仏ヲ↡。」
(124)
一 ¬涅槃経¼ (北本巻一〇大衆所聞品意) にのたまはく、
一 ¬涅槃経¼言、
「金沙大河、 直入西海」 といへり。
この文の心は、 一大千世界にある河は、 みなゆがうたれども、 この河ばかり、 すぐに西の海へ流れ入りたり。 摩耶夫人の御心をば、 この河に譬へて釈せられたり。 余の河みなゆがうたり。 一切の女人は、 心ゆがめるによりて、 この河に譬へずと知るべし。
「金沙大河、直入西海」ト云ヘリ。
此文ノ心ハ、一大千世界ニアル河ハ、皆ナユガウタレドモ、此ノ河バカリ、スグニ西ノ海ヘ流レ入リタリ。摩耶夫人ノ御心オバ、此ノ河ニ譬ヘテ釈セラレタリ。余ノ河ミナユガウタリ。一切ノ女人ハ、心ユガメルニ依リテ、此ノ河ニ譬ヘズト知ルベシ。
(125)
一 聖徳太子善光寺の如来へ御書をたてまつる。 御使は稲目宿祢の子息、 甲斐の黒義なり。
一 聖徳太子奉ツル↢善光寺如来御書ヲ↡。御使稲目宿祢之子息、甲斐ノ黒義也。
「名号を称揚すること七日おはりぬ。 これはこれ広大の恩を報ぜんがためなり。
仰ぎ願はくは本師弥陀尊、 われを助けて済度してつねに護念したまへ。
「名号ヲ称揚スルコト七日已リヌ | 此ハ斯為也↠報ゼムガ↢広大ノ恩ヲ↡ |
仰ギ願クハ本師弥陀尊 | 助ケテ↠我ヲ済度シテ常ニ護念シタマヘ。 |
如来の御返報にいはく、
如来御返報云、
一日の称揚息留むことなし。 いにいはんや七日の大功徳をや。
われ衆生を待つこと心に間なし。 なんぢよく済度せよ、 ここに護らざらんや。
一日ノ称陽無シ↢息留ムコト | 何ニ況ヤ七日ノ大功徳ヲヤ |
我待ツコト↢衆生ヲ↡心ニ無シ↠間 | 汝能ク済度セヨ爰ニ不ムヤ↠護ラ。 |
命長七年 丙午 の歳」
命長七年 丙午 歳」
(126)
尊善無垢世界の尊音王仏の本願をたてたまひけるを、 法蔵菩薩は選択して浄土をたてたまへり。
尊善无垢世界ノ尊音王仏ノ本願ヲタテタマヒケルヲ、法蔵菩薩ハ選択シテ浄土ヲタテタマヘリ。
(127)
一 三有とは、 本有・生有・死有。
本有といふは、 もとより六道四生にまよふをいふなり。 いま生るるを生有といふ、 死するを死有といふなり。
一 三有ト者、本有・生有・死有。
本有トイフハ、本ヨリ六道四生ニマヨウヲイフ也。今ムマルヽヲ生有トイフ、死スルヲ死有ト云也。
(128)
一 四重とは、 殺・盗・婬・妄語。
一 四重ト者、殺・盗・婬・妄語。
(129)
戒律三種沙弥とは
一駆烏沙弥 七歳より十三歳に至る 二応法沙弥 十四歳より十九歳に至る 三名字沙弥 二十歳より七十歳に至る
戒律三種沙弥者
一駆烏沙弥 従七歳至↢十三歳↡也 二応法沙弥 従十四歳至↢十九歳↡也 三名字沙弥 従二十歳至↢七十歳↡也
延慶第二 己酉 初秋上旬 第六 これを書写しおはりぬ
*延慶第二 己酉 初秋上旬 第六 書写之畢
(130)
一 「獲」字は、 因位のとき得るを獲といふ。
「得」 の字は、 果位の時に至りて得るを得といふなり。
「名」の字は、 因位の時の名を名といふ。
「号」 の字は、 果位の時の名を号といふ。
一 ▲「獲」字ハ、 因位ノトキウルヲ獲トイフ。
「得」 字ハ、 果位ノ時ニイタリテウルヲ得ト云也。
◆「名」字ハ、 因位ノ時ノナヲ名トイフ。
「号」 字ハ、 果位ノ時ノナヲ号ト云フ。
「自然」 といふは、
「自」 はおのづからといふ、 行者のはからいにあらず。 しからしむといふ詞なり。
「然」 といふは、 しからしむといふ詞、 行者のはからいにあらず、 如来の誓にてあるがゆへに。 「法爾」 といふは、 この如来の御誓なるがゆへに、 しからしむるを法爾といふ。 法爾は、 この御誓なりけるゆへに、 すべて行者のはからひなきをもて、 この法の徳のゆへにしからしむといふなり。 すべて、 人のはじめてはからはざるなり。 このゆへに他力には義なきを義とすと知るべしとなり。 「自然」 といふは、 もとよりしからしむといふ詞なり。
◆「自然」 トイフハ、
「自」 ハオノヅカラトイフ、 行者ノハカライニアラズ。 シカラシムトイフコトバ也。
「然」 トイフハ、 シカラシムトイフコトバ、 行者ノハカライニアラズ、 如来ノチカヒニテアルガユヘニ。 ◆「法爾」 トイフハ、 コノ如来ノオムチカヒナルガユヘニ、 シカラシムルヲ法爾トイフ。 法爾ハ、 コノオムチカヒナリケルユヘニ、 スベテ行者ノハカラヒナキヲモテ、 コノ法ノトクノユヘニシカラシムトイフナリ。 スベテ、 人ノハジメテハカラハザルナリ。 コノユヘニ他力ニハ義ナキヲ義トストシルベシトナリ。 「自然」 トイフハ、 モトヨリシカラシムトイフコトバ也。
弥陀仏の御誓の、 もとより行者のはからひにあらずして、 南無阿弥陀仏とたのませて、 迎へんとはからはせたまひたるによりて、 行者の善からむとも悪しからむとも思はぬを、 自然とはまふすぞと聞きて候。 誓の様は、 無上仏にならしめむと誓ひたまへるなり。 無上仏とまふすは、 形もなくまします。 形のましまさぬゆへに、 自然とはまふすなり。 形ましますと示すときには、 無上涅槃とはまふさず。 形もましまさぬ様を知らせむとて、 はじめて弥陀仏とぞ聞きならひて候。 弥陀仏は自然の様を知らせむ料なり。 この道理を心得つる後には、 自然のことはつねに沙汰すべきにはあらざるなり。 つねに自然を沙汰せば、 義なきを義とすといふことは、 なほ義のあるになるべし。 これは仏智の不思議にてあるなり。
◆弥陀仏ノ御チカヒノ、 モトヨリ行者ノハカラヒニアラズシテ、 南无阿弥陀仏トタノマセテ、 ムカヘントハカラハセタマヒタルニヨリテ、 行者ノヨカラムトモアシカラムトモオモハヌヲ、 自然トハマフスゾトキヽテ候。 ◆チカヒノヤウハ、 无上仏ニナラシメムトチカヒタマヘルナリ。 无上仏トマフスハ、 カタチモナクマシマス。 カタチノマシマサヌユヘニ、 自然トハマフスナリ。 カタチマシマストシメストキニハ、 无上涅槃トハマフサズ。 カタチモマシマサヌヤウヲシラセムトテ、 ハジメテ弥陀仏トゾキヽナラヒテ候。 ミダ仏ハ自然ノヤウヲシラセムレウナリ。 ◆コノ道理ヲコヽロエツルノチニハ、 自然ノコトハツネニサタスベキニハアラザルナリ。 ツネニ自然ヲサタセバ、 義ナキヲ義トストイフコトハ、 ナホ義ノアルニナルベシ。 コレハ仏智ノ不思議ニテアルナリ。
愚禿親鸞八十六歳
愚禿親鸞八十六歳
正嘉元年戊午十二月 日、善法坊僧都の御坊、三条富小路の御坊にて、 聖人に遇いまいらせての聞書、 その時顕智これを書く。
*正嘉元年戊午十二月 日、善法坊僧都御坊、三条トミノコウヂノ御坊ニテ、 聖人ニアイマイラセテノキヽガキ、 ソノ時顕智コレヲカク也。
(131)
一 河内国若井の郡、 木本の郷跡部河原稲村の館、 これは守屋大臣の所在地なり。
天王寺の亀居は、 もとはかの若井の郡にありけるを、 聖徳太子とらせたまひて天王寺にはおかせたまふ。 はじめは赤龍を埋ませたまひけるが、 あまりに悪龍にて、 打ち破りて逃げたりけるあひだ、 後に青龍を埋ませたまひけり。
一 河内国ワカヰノ郡、 木本ノ郷跡部河原イナムラノタチ、 コレハ守屋大臣ノ所在地也。
天王寺ノカメヰハ、 モトハ彼ワカヰノ郡ニアリケルヲ、 聖徳太子トラセ給テ天王寺ニハオカセ給フ。 ハジメハ赤龍ヲウヅマセ給ケルガ、 アマリニ悪龍ニテ、 打破テ逃タリケルアヒダ、 後ニ青龍ヲ埋セ給ケリ。
(132)
一 秦川勝は住吉明神の氏子なり。
一 秦川勝ハ住吉明神ノ氏子也。
(133)
一 守屋が子孫、 従類二百七十三人は、 寺のながき奴卑と定めおはりぬ。 所領の田園、 十八万六千八百九十代を没官して寺の分とす。 河内国弓削・鞍作・祖父間・衣摺・虵屮・足代・御立・葦原等の八ヶ所の地、 都集して十二万八千六百四十代。 摂津国於勢・模江・鶏田・熊凝等の散地、 都集して五万八千二百五十代。 三ヶ所居宅ならびに資財等を、 ことごとく寺の分とかぞへ納めおはりぬ。
一 守屋ガ子孫、 従類二百七十三人ハ、 寺ノナガキ奴卑ト定畢。 所領ノ田園、 十八万六千八百九十代ヲ没官シテ寺ノ分トス。 河内国弓削・クラツクリ・オホヂマ・キズリ・ハクサ・アジロ・ミタチ・アシ原等ノ八ケ所ノ地、 都集シテ十二万八千六百四十代。 摂津国オセ・カタエ・トビタ・クマコリ等ノ散地、 都集シテ五万八千二百五十代。 三ケ所居宅ナラビニ資財等ヲ、 コトゴトク寺ノ分トカゾヘ納畢。
(134)
一 善光が本在所は、 信乃国きふの郷伊奈の郡、 かむのみさかのふもとに、 あさうみの里うてうの村といふところなり。 かのところへ京より如来を負ひたてまつりて、 三日日中に下著す。 その後水内の郡中条の芋井の郷に遷れり。 いまの善光寺これなり。
一 善光ガ本在所ハ、 信乃国キフノゴウイナノ郡、 カムノミサカノフモトニ、 アサウミノ里ウテウノ村トイフ所也。 カノ所ヘ京ヨリ如来ヲオヒタテマツリテ、 三日々中ニ下著ス。 ソノヽチ水内郡中条ノイモ井ノ郷ニ遷レリ。 今ノ善光寺是也。
(135)
(一期物語) 「一 ある時問ふ。 人多く持斎を勧む、 この条いかん。 答ふ。 僧尼の食の作法はもつともしかるべきなり。 しかりといへども当世は機すでに衰へ、 食すでに滅す。 この分際をもつて一食せば、 心ひとへに食事を思ひて念仏の心静かならず。 ¬菩提心経¼ にのたまはく、 食菩提を妨げず。 以上 その上は自身をあひ計ふべきなり。」 云々
「一 ▲或時問。人多ク勧ム↢持斎ヲ↡、此ノ条如何ン。答。僧尼ノ食ノ作法ハ无モ可キ↠然ル也。雖モ↠然ト当世ハ機已ニ衰ヘ、食已ニ滅ス。以テ↢此ノ分際ヲ↡一食セ者、心偏ニ思テ↢食事ヲ↡念仏ノ心不↠静ナラ。¬菩提心経ニ¼云ハク、食不↠妨ゲ↢菩提ヲ↡。已上 其ノ上ハ自身ヲ可キ↢相計フ也。」 云々
(136)
(三心料簡事 ) 「一 法に万機を摂する事。
「一 ▲法ニ摂スル↢万機ヲ↡事。
第十八の願に十方衆生といふ、 十方に漏れたる衆生なし、 わが願の内に十方を込めんとなり。」
第十八ノ願ニ云↢十方衆生ト↡、無↧漏レタル↢十方ニ↡之衆生↥、我ガ願ノ内ニ込メムト↢十方ヲ↡也。」
(137)
(三心料簡事 ) 「一 無智を本となす事。
「一 ▲無智ヲ為↠本ト事。
いはく、 聖道門は智慧を極めて生死を離れ、 浄土門は愚痴に還りて極楽に生る。 このゆへに聖道門に趣く時は、 智慧を瑩き禁戒を守り、 心性を浄むるをもつて宗となす。 浄土門に入る日は、 智慧を憑まず戒行を護らず、 心器をも調へず、 ただいふに甲斐なき無智のものに成りて、 本願力を憑みて往生を願ふなり。」 云々
云ク、聖道門ハ極メテ↢智慧ヲ↡離↢生死ヲ↡、浄土門ハ還テ↢愚痴ニ↡生↢極楽ニ↡。所以趣ク↢聖道門ニ↡之時ハ、瑩キ↢智慧ヲ↡守リ↢禁戒ヲ↡、以テ↠浄ムルヲ↢心性ヲ↡為ス↠宗ト。入ル↢浄土門ニ↡之日ハ、不憑マ↢智慧ヲ↡不↠護ラ↢戒行ヲ↡、不↠調ヘ↢心器オモ↡、只云フニ無キ↢甲斐↡成テ↢無智ノ者ニ↡、憑テ↢本願力ヲ↡願フ↢往生ヲ↡也。」 云々
(138)
(三心料簡事 ) 「一 本願成就の事。
「一 ▲本願成就事。
念仏はわが所作なり、 往生は仏の所作なり。 往生は仏の御力にてせしめたまふものを、 わが心にとかくせんと思ふは自力なり。 ただすべからく称名につきたる来迎を待つべし。」 云々
念仏ハ我ガ所作也、往生ハ仏ノ所作也。往生ハ仏ノ御力ニテセシメ給フ物ヲ、我ガ心ニトカクセムト思フハ自力也。唯須ラクシ 待ツ↧付タル↢称名ニ↡之来迎ヲ↥。」 云々
(139)
(三心料簡事 ) 「一 ¬礼讃¼ の若能如上念々相続の事。
「一 ▲¬礼讃ノ¼若能如上念念相続ノ事。
¬往生要集¼ には三心・五念・四修を指して如上といふなり。 これによりてこれをいはば、 三心・五念・四修の中に正助二行を明す、 これを指して念々相続といふなり。」 云々
¬往生要集ニハ¼指シテ↢三心・五念・四修ヲ↡云フ↢如上ト↡也。依テ↠之ニ云ハバ之ヲ、三心・五念・四修ノ中ニ明ス↢正助二行ヲ↡、指シテ↠之ヲ云フ↢念々相続ト↡也。」 云々
(140)
一 問ひていはく、 極楽に九品の差別のある事は、 弥陀の本願の構へたるべく候か。 答へていはく、 極楽の九品は弥陀の本願にあらず、 さらに四十八願の中にはあらず。 これ釈尊の巧言なり。 もし善人・悪人一所に生ると説かば、 悪業のものは等慢の心を起すべきがゆゑに、 品位の差別をあらしめて、 善人は上品に進み悪人は下品に下ると説くなり。 急ぎまいりて見るべし。 云々
一 ▲問云、極楽ニ有ル↢九品ノ差別ノ↡事ハ、可ク↠為ル↢弥陀ノ本願ノ構ヘ↡候歟。答云、極楽ノ九品者非ズ↢弥陀ノ本願ニ↡、更ニ無シ↢四十八願ノ中ニハ↡。是釈尊ノ巧言也。若シ説カバ↣善人・悪人生ト↢一所ニ↡者、悪業ノ者ハ可↠起ス↢等慢ノ心ヲ↡故ニ、令テ↠有ラ↢品位ノ之差別ヲ↡、説ク↧善人ハ進ミ↢上品ニ↡悪人ハ下ルト↦下品ニ↥也。急ギ参テ可↠見。 云々
(141)
一 法然聖人の ¬三昧発得記¼ に、
一 法然聖人¬三昧発得記¼、
「聖人御存生の時、 口称三昧を発得して、 つねに浄土の依正を見たまふ。 自筆をもつてこれを記したまふ。 勢観房これを伝ふ。 聖人往生の後、 明遍僧都これを尋ねて、 一見を加へて歓喜の涙を流して、 すなはち本所に送らる。 当初いささかこの由を聞き及ぶといへども、 いまだ本を見ざればその旨を記せず。 後にかの記を得てこれを写す。 御生年六十六に当りて。 *長承二年癸丑年御誕生なり」
「▲聖人御存生ノ之時、発↢得シテ口称三昧ヲ↡、常ニ見タマフ↢浄土ノ依正ヲ↡。以テ↢自筆ヲ↡記シタマフ↠之ヲ。勢観房伝フ↠之ヲ。聖人往生之後、明遍僧都尋テ↠之ヲ、加ヘテ↢一見ヲ↡流シテ↢歓喜ノ涙ヲ↡、即チ被ル↠送ラ↢本所ニ↡。当初聊カ雖モ↣聞キ↢及此ノ由ヲ↡、未ザ ダレ↠見↠本ヲ者不↠記セ↢其ノ旨ヲ↡。後ニ得テ↢彼ノ記ヲ↡写ス↠之ヲ。御生年当テ↢六十六ニ↡。*長承二年癸丑年御誕生也」
(142)
一 問ひていはく、 自力他力と申す事、 何様に心得べく候や。 答ふ。 源空は殿上へ参るべき機量にあらずといえども、 上より召せば二度まで殿上へ参りぬ。 これわが参るべき式にはあらず、 上の御力なり。 いかにいはんや阿弥陀仏の御力、 称名の願に酬へて来迎したまふ事、 なんの不審かあらん。 自身の罪重く、 無智のものなれば、 いかにして往生を遂げんと疑ふべからず。
一 ▲問云、自力他力ト申ス事、何様ニ可↠得↠心候乎。◆答。源空ハ雖モ↠非ズト↧可キ↠参ル↢殿上ヘ↡機量ニ↥、自リ↠上召セ者二度マデ参↢殿上ヘ↡。此非ズ↢我ガ可キ↠参ル之式ニハ↡、上ノ御力也。何況ヤ阿弥陀仏ノ御力、酬ヘテ↢称名ノ願ニ↡来迎シタマフ事、有ム↢何ノ不審カ↡。◆自身ノ罪重ク、無智ノ者ナレバ、云何ニシテ不↠可ラ↠疑フ↠遂ゲムト↢往生ヲ↡。
(143)
(三心料簡事 ) 「一 善悪の機の事。
「一 ▲善悪機事。
念仏申さんものは、 ただ生まれつきのままにて申すべし。 善人は善人ながら、 悪人は悪人ながら、 本のままにて申すべし。 この念仏に入るゆゑに、 はじめて持戒・破戒なにくれといふべからず。 ただ本体ありのままにて申すべしと。」 云々
念仏申サム者ハ、只生付ノマヽニテ申ベシ。善人ハ乍↢善人↡、悪人ハ乍↢悪人↡、本ノマヽニテ申ベシ。此ノ入ル↢念仏ニ↡之故ニ、始テ持戒・破戒ナニクレトイフベカラズ。只本体アリノマヽニテ申ベシト。」 云々
(144)
(三心料簡事 ) 「一 悪の機を一人置きてこの機の往生しけるは、 いはれたる道理なりけりと知るほどに習ひたるを、 浄土宗善く学したるとはいふなり。 この宗は、 悪人を手本となして善人まで摂するなり。 聖道門は善人を手本となして悪人をも摂するなり。」 云々
「一 ▲悪ノ機ヲ一人置テ此ノ機ノ往生シケルハ、謂タル道理也ケリト知ル程ニ習タルヲ、浄土宗善ク学シタルトハ云也。此ノ宗ハ、悪人ヲ為シテ↢手本ト↡善人マデ摂スル也。聖道門ハ善人ヲ為シテ↢手本ト↡悪人ヲモ摂スル也。」 云々
已上了
延書は底本の訓点にしたがって有国が行った。 なお、 表記は現代仮名遣いとしている。