経釈文聞書

(1) 蓮華面経文

¬れんめんぎょう¼ (巻上意) にのたまはく、

¬蓮華面経¼言、

ぶつなんげたまはく、 師子のもし命終みょうじゅうすれば、 もしはみずもしはくがにあらゆるしゅじょう噉食だんじきせず、 ただ師子ししよりみずからしょうじたるもろもろのむし、 かえってみずから師子ししししむらだんじきするがごとき、 なん、 わが仏法ぶっぽうするにあらず。 これわがほうなかの、 もろもろのあく比丘びく比丘びく、 みずからゆゑにと。」

「仏ゲタマハクナン↡、ゴト↧師子命終スレモシモシクガユルアラ衆生、噉食ダムジキ↡、タヾ師子ヨリジタルモロモロムシカヘダムジキスルガ師子シシシヽムラ↥、阿難、ワガ仏法ブチポフアラスルニコレワガモロモロアク比丘ビク比丘ビクミヅカクヰスルガユヘ。」

(2) 法事讃文

末法まっぽうづう謗難ぼうなんかんがみて、

カヾミ末法マチポフ謗難バウナン↡、

善導ぜんどう ¬ほうさん¼ (巻下) にいはく、

善導¬法事讃¼云、

そんほうきたまふときおわらんとして、 慇懃おんごん弥陀みだみなぞくしたまへり。
じょくぞうときおおほうせん。 道俗どうぞくあひきらひてくことをもちいじ。

世尊キタマフ↠法トキマサシテオハラムト慇懃オンゴンゾクシタマヘリ弥陀ミナ
五濁増トキオホハウセム道俗アヒキラフテモチクコトヲ

しゅぎょうすることあるをては瞋毒しんどくおこし、 方便ほうべんして破壊はえきおいてあだしょうゼム
かくのごときのしょうもう闡提せんだいともがらとんぎょうめつしてながちんりんせん。

テハルヲシユギヤウスルコトオコ瞋毒シンドク方便シテ破壊キオイテゼムアダ
ゴトカクシヤウマウ闡提センダイトモガラクヰメチシテ頓教トンゲウナガチムリンセム

だいじんごうちょうすとも、 いまださんしnはなるることをべからず。
大衆だいしゅどうしんにみなしょほうつみ因縁いんねんさんせよと。」

テウクワストモヂンゴフイマズトカラハナルヽコトヲ↢三シン
大衆ドウミナサムグヱセヨト所有破法ツミ因縁↡」

(3) 行巻文

親鸞しんらんしょうにんいはく、 ¬教行きょうぎょうしょう¼ (行巻) にいはく、

親鸞聖人曰、¬教行証¼言、

専心せんしんはすなはち一心、 しんなきかたちなり。 せんねんといふはすなはちいちぎょうぎょうなきかたちなり。 いまろくぞく一念いちねんすなはちこれいっしょうなり。 いっしょうすなはちこれ一念いちねんなり。 一念いちねんすなはちこれいちぎょうなり。 いちぎょうすなはちこれしょうぎょうなり。 正行しょうぎょうすなはちこれしょうごうなり。 しょうごうすなはちこれしょうねんなり。 しょうねんすなはちこれ念仏ねんぶつなり。 すなはちこれ南無なも阿弥陀あみだぶつなり。」

専心センシムスナワ一心ナリカタチ↢二心↡ナリセンスナワ一行ナリカタチ↢二行↡ナリイマロクゾク一念スナワコレ一声ナリ。一声即是一念ナリ。一念即是一行。一行スナワコレ正行ナリ。正行スナワコレゴフナリ。正業即是正念ナリ。正念スナワコレ念仏ナリスナワコレ南无阿弥陀仏ナリ。」

(4) 述文賛文

きょうごう (述文賛巻下) のいはく、

キヤウゴウ (述文賛巻下) イハ

ぶっ 清浄しょうじょう法界ほっかい 不思議ふしぎ だいえんきょう 不可ふかしょう びょうどうしょう だいじようこう みょうかんざっ とうりんさいじょうしょう じょうしょ作智さち

仏智 清浄シヤウジヤウ法界ホフカイ 不思議フシギヱンキヤウ 不可称智 ビヤウドウシヤウ 大ジヨウコウ メウクワンザチ トウリンサイシヨウ ジヤウシヨ作智サチ

(5) 四依供仏略頌文

四依しえぶちりゃくじゅ (北本巻六如来性品意 南本巻六四依凡意)

砂数しゃしゅぶつようにんなり

四依シエブチリヤクジユ

砂数シヤシユブチヤウニンナリ

れんじゅほう 一こうあいぎょう、 二どく恒 じゅ 三こうせんびょうしょ 仏 仏性恒 仏性だい 恒 恒 、十仏性仏性、三 八コウ仏性、第四

レンジユハウ 一コウ愛楽アイゲウ、二ドク恒 ジユ 三コウセンビヤウシヨ 仏 仏性恒 仏性ダイ 恒 恒 、十仏性仏性、三 八コウ仏性、第四

(6) 華厳経文 一

¬ごんぎょう¼ (晋訳巻六〇 入法界品) にのたまはく、

¬華厳経¼言、

「このほうきて信心しんじんかんし、 うたがいなきものは、 すみやかじょうどうる。 もろもろの如来にょらいひとしと。」

キヽコノクワン 信心ウタガヒモノ スミヤカ↢无上ダウ↡ モロモロ如来↡ヒトシト

(7) 涅槃経文 一

¬はんぎょう¼ (北本巻二〇梵行品 南本巻一八梵行品) にのたまはく、

¬涅槃経¼言、

如来にょらい一切いっさいのためにつね父母ぶもとなりたまへり。 まさにるべし、 もろもろのしゅじょうはみなこれ如来にょらいなり。 そんだい慈悲じひしゅのためにぎょうしゅしたまふこと、 ひと鬼魅きみくるわされてきょうらんしてしよおおきがごとし。」

「如来タメ↢一切↡ ツネリタマヘリ父母ブモ↡ マサモロモロ衆生 ミナコレ如来ナリ 世尊大慈悲 タメ↠衆シタマフコトギヤウ↡ ゴト↧人クルワサレテクヰ↡ キヤウランシテオホキガシヨ↥」

(8) 法華経文 一

¬法華ほけきょう¼ (巻二 譬喩品) にのたまはく、

¬法華経¼言、

「もろもろののもろもろのいんは、 貪欲とんよくほんとなす。 もしとんよくめっすれば、 とどまるところなし。」

「諸 貪欲↠本 若スレバ↢貪ヨク↡ トコロトヾマ

(9) 大経文

¬だいきょう¼ (巻下) にのたまはく、

¬大経¼言、

しんおのおのことにして、 言念ごんまことなし。」

心口オノオノコトニシテ、言念マコト。」

(10) 涅槃経文 二

¬はんぎょう¼ (北本巻三六和尚品意 南本巻三二和尚品意) にのたまはく、

¬涅槃経¼言、

ぜん悪法あくほう 一よう 二みょうもん 三しょう 四ぞく 。」

「四善事悪法 一利養 二名聞 三勝他 四他属 。」

(11) 大品経文

¬大品だいぼんぎょう¼ (巻一序品) にのたまはく、

¬大品経¼言、

ようみょうもんてよと。」 ¬大論だいろん¼ にこのもんじゅつするしたにいはく、 「まさにごう雑毒ぞうどくつべしといふは、 いっしょう一念いちねんなほこれをせば、 実心じっしんのなきそうなり。 うちほんじてほかかざるといふは、 りょうそうほうなれども、 内心ないしん真実しんじつにしておうじょうがんずれば、 おうじょうぐべきなりと。」

テヨト↢利養名聞↡。」¬大論¼ジユツスルコノ↡之シタ、「マサシトイフゴフ↢雑毒、一声一念ナホセバコレ↢実心サウ也。ホムジテ↠内カザルトイフホカリヤウ外相グヱサウホフナレドモ、内心真実ニシテズレ↢往生↢往生ナリ。」

(12) 華厳経文 二

¬ごんぎょう¼ (唐訳巻一四 賢首品) にのたまはく、

¬華厳経¼言、

しんどうもととなす、 どくははなり。 一切いっさいのもろもろの善法ぜんぽうじょうようす。
もう断除だんじょすればあいでて、 はんじょうどうかいす。」

↢道モト↡功徳ハヽナリ長↢養一切モロモロ善法
断↢除スレバ疑網デヽ↢愛流開↢示涅槃无上↡」

道ハ无上道、 グヱンハ根本ナリ、 諸法ノハジメ也。 マズ成仏セムトオモフニ、 信心ヲモチテミナモトヽス。 ハジメトモスルコトナリ。 ヨロズノ功徳ノハヽニテオハスルナリ。 コノハヽニ一切ノモロモロノ善根オモシユシ、 三宝オモ恭敬シ、 供養スルコトヲヤシナイタテヽ、 ウタガヒノコヽロオバナガクノゾキステヽ、 三毒煩悩アイヨクノナガレヲイデヽ、 无上道ニイタルヲ涅槃ヲサトルトハマフスナリ。 涅槃ノサトリヲウレバ、 スナワチ衆生ヲリヤクスルユヘニ、 開示ストハマフスナリ。 シカレバ、 无上道ニイタルトマフスハ自利ナリ、 開示ストマフスハ利他ナリトシラセタマフベシ。

(13) 業報差別経文

¬業報ごうほう差別しゃべつきょう¼ にのたまはく、

¬業報差別経¼言、

こうしょう念仏ねんぶつきょうするに、 十種じっしゅどくあり。 一にはよく睡眠すいめん ねぶり のぞく、 二はてんきょうす、 三はこえ十方じっぽうへんす、 四はさんむ、 五にはほかこえらず、 六にはしんをしてちらさざらしむ、 七にはゆうみょうしょうじんなり、 八は諸仏しょぶつかんしたまふ、 九には三昧さんまいげんぜんす、 十にはさだめてじょうしょうずと。」已上抄出

高声念仏読経スルニ↢十種功徳↡。一ニハノゾ睡眠スイメン ネブリ ↡、二キヤウオドロキオソル、三コヱヘンアマネシ十方、四↠苦、五ニハホカコヱ、六ニハ↢心ヲシテチラ、七ニハミヤウシヤウジンナリ、八諸仏クワンヨロコビシタマフヨロコブ  、九ニハマイ ゲンアラハルゼンマヘニ、十ニハメテズト↢浄土↡。」已上抄出

(14) 諸経文

しょきょうにのたまはく、

諸経言、

うまるればかならずめっす、 ものはさだめてはなる。 はじめあればおわりあり、 たのしみきてはかなしみきたる。」

「生ルレ モノメテ レバ メオワリ タノシミキテハカナシミキタ

(15) 法句譬喩経文

¬ほっ譬喩ひゆぎょう¼ (修行本起経巻下出家品) にのたまはく、

¬法句譬喩経¼言、

こわけれどもやまいればくだく、 さかりなれどもいぬればおとろふるにいたる。 してはほろぶ、 きてはわかはなる。 いかんがけんこのまんと。」

コワケレドモレバヤマウクダ サカリナレドモイヌレバイタオトロフルニ 死シテハホロキテハワカハナ 云何イカンガコノマムトケン↡」

(16) 焼法門誦文

法門ほうもん誦文じゅもん (大智度論巻一一初品意) 三べん

↢法門誦文ジユモン 三反

「もろもろのほうえんよりしょうず、 このほうえんよりめっす。 如来にょらいこのいんきたまふ。 これだい沙門しゃもんせつなり。」

モロモロホフエン コノエンメチ 如来キタマフコノ↡ コレ大沙門ナリ

(17) 親鸞夢記文

¬親鸞しんらん夢記むき¼ にいはく、

¬親鸞夢記¼云、

六角ろっかくどう救世くせだいさつ顔容げんようたんじょうそうぎょうげんして、 びゃくのうおん袈裟けさふくちやくせしめて、 広大こうだいびゃくれんたんして、 善信ぜんしんごうみょうしてのたまはく、

六角堂救世クセ大菩薩、ゲンシテ顔容ゲンヨウタンジヤウソウギヤウ↡、メテフクチヤクビヤクノウ袈裟ケサ↡、タンシテ広大白蓮↡、告↢命シテ善信↡言

ぎょうじゃ宿しゅくほうにてたとひにょぼんすとも、 われぎょくにょとなりぼんせられん
いっしょうあいだよくしょうごんして、 りんじゅういんどうして極楽ごくらくしょうぜしめん。

ギヤウジヤ宿シウシウホウホウニテタトセチニヨボムボムストモ
ワレナリジヤウギヨクギヨクニヨニヨシンレムボムボム
一生シヤウアヒダ ケン ノウシヤウシヤウゴムゴムシテ
リムリムジユジユインインダウダウシテシヤウゼシメム↢極楽

救世くせさつ、 このもんじゆしてのたまはく、 このもんは、 わが誓願せいがんなり。 一切いっさいぐんじょうかすべしとごうみょうしたまへり。 このごうみょうによりて、 かず千万せんまんじょうにこれをかしむとおぼえて、 ゆめおわりぬ。」

救世クセ菩薩、ジユシテコノ↡言コノワガ誓願セイガンナリ。一切グンシトカスガウミヤウシタマヘリコノガウミヤウ↡、カズ千万センマンジヤウムトコレオボエテユメ。」

(18) 浄土本縁経文 一

¬かんおんさつおうじょうじょう本縁ほんえんぎょう¼ にのたまはく、

¬観世音菩薩往生浄土本縁経¼言、

「もしおもごうしょうありてじょううまるるいんなからむものは、 弥陀みだ願力がんりきじょうじぬればかならず安楽あんらくこくしょうず。」

オモゴフシヤウ↡ カラムモノハムマルヽジヤウインタネ↥ ジヤウジヌレバ↢弥陀願力↡ 必↢安楽国↡」

(19) 浄土本縁経文 二

また (浄土本縁経) のたまはく、

又言、

「もしひとおおくのつみつくれば、 ごくなかつべし。 わずかに弥陀みだみなけば、 みょう清涼しょうりょうとなると。」

ツクレバオホクノツミ↡ ↢地獄ナカ↡ ワヅカケバ↢弥陀ミナ↡ ミヤウクワルト清涼シヤウリヤウ↡」

(20) 観仏三昧経文

¬観仏かんぶつ三昧ざんまいきょう¼ にのたまはく、

¬観仏三昧経¼言、

無始むしよりこのかたのりょうつみこんおかすところのごくじゅうあく
日日にちにち夜夜ややすところのつみ念念ねんねん歩歩ぶぶおこすところのつみ
念仏ねんぶつりきにてみなしょうめつす。 命終みょうじゅうしてけつじょうして極楽ごくらくしょうずと。」

无始ムシヨリ已来コノカタ无量ツミ今世トコロオカゴク重悪ヂウアク
日日夜夜ヤヤトコロツミ念念歩歩ブブトコロオコツミ
念仏ニテミナ生滅命終シテ決定シテズト↢極楽↡」

(21) 平等覚経文

¬びょう等覚どうがくきょう¼ にのたまはく、 帛延はくえん三蔵さんぞう

¬平等覚経¼言、 帛延ハクエン三蔵サムザウ

十方じっぽうさんぶつ一切いっさいのもろもろのさつ一切いっさいのもろもろの聖教しょうぎょう、 みなこれ阿弥陀あみだぶつり。」

十方三世 一切菩薩 一切モロモロ聖教 ミナコレ阿弥陀ナリ

(22) 法華経文 二

¬法華ほけきょう¼ (巻二) にのたまはく、 「譬喩品」

¬法華経¼言、

こうぶつじゅう寿いのち十二しょうこうなり。 そのくに人民にんみんしゆ寿じゆみょうしょうこうなり。」

クヱクワウブチヂユ 寿イノチ十二小コフナリ ソノクニ人民ニンミンシユ 寿ジユミヤウ八小劫ナリ

(23) 法華経文 三

おなじき ¬きょう¼ (法華経巻四 提婆達多品)、 「しょうといふは、 一は梵天ぼんてんのう、 二はたいしゃく、 三はおう、 四は転輪てんりんじょうおう、 五は仏身ぶっしん。」

同¬経¼、「シヤウイフハ梵天王、二タイシヤク、三ワウ、四者転輪テンリンジヤウワウ、五者仏身ブチシン。」

(24) 法華経文 四

おなじき ¬きょう¼ (法華経巻四) にのたまはく、 「安楽行品」

同¬経¼言、

どうぼんけんとう。」

外道グヱダウボムケントウ。」

(25) 法華経文 五

おなじき ¬きょう¼ (法華経巻六)に、 「薬王品」

同¬経¼、

如来にょらいめつひゃくさいちゅう、 もし女人にょにんありてこのきょうてんきてせつのごとくにしゅぎょうせば、 この命終みょうじゅうにおいて、 すなはち安楽あんらくかい阿弥陀あみだぶつのみもとにじゅうす。」

「如来滅後、後五百歳中、若有女人聞是経典如説修行、於此命終、即住安楽世界阿弥陀仏。」

 

延書は底本の訓点にしたがって有国が行った。 なお、 表記は現代仮名遣いとしている。
底本は高田派専修寺蔵真仏上人書写本