1065◎報恩講私記
【1】 ◎先*総礼
0063◎先ヅ総礼
▲稽首天人所恭敬
阿弥陀仙両足尊
在彼微妙安楽国
無量仏子衆囲繞 (*十二礼)
「稽首天人所恭敬 阿弥陀仙両足尊
在彼微妙安楽国 无量仏子衆囲繞」
次*三礼
次*如来唄
次*表白
次ニ三礼 次ニ如来唄
次表白
敬ひて大恩教主釈迦如来、 極楽*能化弥陀*善逝、 称讃浄土三部妙典、 *八万十二顕密聖教、 観音勢至九品聖衆、 念仏伝来の諸大師等、 総じては仏眼所照微塵刹土の現不現前の一切の三宝にまうしてまうさく、 弟子*四禅の線の端1066に、 たまたま*南浮人身の針を貫き、 曠海の浪の上に、 まれに西土 (印度) 仏教の査に遇へり。
敬テ白テ↢大恩教主釈迦如来、極楽能化弥陀善逝、称讃浄土三部妙典、八万十二顕密聖教、観音勢至九品聖衆、念仏伝来ノ諸大師等、総テハ仏眼所照微塵刹土ノ現不現前ノ一切三宝ニ↡而言ク、弟子四禅ノ線ノ端ニ、適マ貫キ↢南浮人身之針ヲ↡、曠海ノ浪ノ上ニ、希ニ遇リ↢西土仏教之査ニ↡。
ここに祖師聖人 (*親鸞) の化導によりて、 法蔵因位の本誓を聴く、 歓喜胸に満ち渇仰肝に銘ず。 しかればすなはち、 報じても報ずべきは大悲の仏恩、 謝しても謝すべきは師長の遺徳なり。 ゆゑに観音大士の頂上には*本師弥陀を安じ、 大聖慈尊 (*弥勒) の宝冠には釈迦の*舎利を戴きたまふ。 たとひ万劫を経とも、 一端をも報じがたし。 しかじ、 *名願を念じてかの本懐に順ぜんには。 いま、 三つの徳を揚げて、 まさに*四輩を勧めんとす。
爰ニ依テ↢祖師聖人之化導ニ↡、聴ク↢法蔵因位之本誓ヲ↡、歓喜満チ↠胸ニ渇仰銘ズ↠肝ニ。然レバ即チ報テモ而可キハ↠報ズ大悲之仏恩、謝テモ而可キハ↠謝ス師長之遺徳ナリ。故ニ観音大士ノ頂0064上ニハ安ジ↢本師弥陀ヲ↡、大聖慈尊ノ宝冠ニハ戴タマフ↢釈迦ノ舎利ヲ↡。縦ヒ経トモ↢万劫ヲ↡、叵シ↠報ジ↢一端ヲモ↡。不↠如カ、念テ↢名願ヲ↡順ムニハ↢彼ノ本懐ニ↡。今揚テ↢三ノ徳ヲ↡、将ニ↠勧メムトオモフ↢四輩ヲ↡矣。
一つには↓真宗興行の徳を讃じ、
二つには↓本願相応の徳を嘆じ、
三つには↓滅後利益の徳を述す。
伏して乞ふ、 三宝哀愍納受したまへ。
一ニハ讃ジ↢真宗興行ノ徳ヲ↡、二ニハ嘆ジ↢本願相応ノ徳ヲ↡、三ニハ述ス↢滅後利益ノ徳ヲ↡。伏テ乞フ、三宝哀愍納受タマヘ矣。
【2】 第一に↑真宗興行の徳を讃ずといふは、 俗姓は*後長岡丞相 内麿公 の末孫、 前の*皇太后宮大進*有範の息男なり。 幼稚の古、 壮年の昔、 *耶嬢の家を出でて、 *台嶺の窓に入りたまひしよりこのかた、 *慈鎮和尚をもつて師範として、 顕密両宗の教法を習学す。 *蘿洞の霞のうちに*三諦一諦の妙理を窺ひ、 草1067庵の月の前に*瑜伽瑜祇の観念を凝らす。 とこしなへに*明師に逢ひて*大小の奥蔵を伝へ、 広く諸宗を試みて甚深の義理を究む。
第一ニ讃ズトイフ↢真宗興行ノ徳ヲ↡者、俗姓ハ後長岡ノ丞相ノ 内麿公 末孫、前ノ皇太后宮ノ大進有範ノ息男也。幼稚之古、壮年之昔、出テ↢耶嬢ノ家ヲ↡、入タマヒシヨリ↢臺嶺ノ窓ニ↡已来タ、以テ↢慈鎮和尚ヲ↡為テ↢師範ト↡、習↢学ス顕密両宗ノ教法ヲ↡。蘿洞ノ霞ノ中ニハ窺ヒ↢三諦一諦之妙理ヲ↡、草庵ノ月ノ前ニハ凝ス↢瑜伽瑜祇之観念ヲ↡。鎮ニ逢テ↢明師ニ↡伝ヘ↢大小ノ奥蔵ヲ↡、広ク試テ↢諸宗ヲ↡究ム↢甚深ノ義理ヲ↡。
しかれども*色塵・声塵、 猿猴の情なほ忙はしく、 *愛論・*見論、 *痴膠の憶いよいよ堅し。 *断惑証理愚鈍の身成じがたく、 *速成覚位末代の機覃びがたし。
而レドモ色塵・声塵、猿猴之情尚忙ハシク、愛論・見論、痴膠之憶弥ヨ堅シ。断惑証理愚鈍ノ身難ク↠成ジ、速成覚位末代ノ機叵シ↠覃ビ。
よりて出離を仏陀に誂へ、 知識を神道に祈る。 しかるあひだ宿因多幸にして、 本朝念仏の元祖黒谷上人 (*源空) に謁したてまつりて出離の要道を問答す。 授くるに浄土の一宗をもつてし、 示すに念仏の一行をもつてす。
仍テ誂ヘ↢出離ヲ於仏陀ニ↡、祈ル↢知識ヲ於神道ニ↡。而ル際宿因多幸ニシテ、奉テ↠謁シ↢本朝念仏ノ元祖黒谷上人ニ↡問↢答ス出離之要道ヲ↡。授クルニ以テシ↢浄土ノ一宗ヲ↡、示スニ以テス↢念仏ノ一行ヲ↡。
しかりしよりこのかた、 聖道難行の門を閣きて浄土易行の道に帰し、 たちまちに自力の心を改めてひとへに他力の願に乗ず。 自行化他、 *道綽の遺誡を守り、 専修専念、 *善導の古風に任す。 見聞の道俗随喜を致し、 遠近の*緇素みな発心す。
自リ↠爾リシ以降タ、閣キテ↢聖道難行之門ヲ↡帰シ↢浄土易行之道ニ↡、忽ニ改テ↢自力之心ヲ↡偏ニ乗ズ↢他力之願ニ↡。自行化他、守リ↢道綽ノ遺誡ヲ↡、専修専念、任ス↢善導0065ノ古風ニ↡。見聞之道俗致シ↢随喜ヲ↡、遠近之緇素皆発心ス。
ここに祖師 (親鸞)、 西土 (印度) の教文を弘めんがためにはるかに*東関の斗薮を跂てたまふ。 しばらく*常州筑波山の北の辺に逗留し、 貴賎上下に対して末世相応の要法を示す。
茲ニ祖師為ニ↠弘メムガ↢西土之教文ヲ↡遙ニ跂タマフ↢東関之斗薮ヲ↡。暫ク逗↢留シ常州筑波山ノ北ノ辺ニ↡、対テ↢貴賎上下ニ↡示ス↢末世相応之要法ヲ↡。
初めに疑謗をなすの輩、 *瓦礫・荊棘のごとくなりしかども、 つひに改悔せしめしの族、 *稲麻竹葦に同じ。 みな邪見を翻してことごとく正信を受け、 ともに偏執を止めて還りて弟子となる。 おほよそ訓を受くるの徒衆当国に余り、 縁を結ぶ1068の親疎諸邦に満てり。
初メニ成ス↢疑謗ヲ↡之輩、如クナリシカドモ↢瓦礫・荊棘ノ↡、遂ニ令ムル↢改悔セ↡之族、同ジ↢稲麻竹葦ニ↡。皆翻テ↢邪見ヲ↡悉ク受ケ↢正信ヲ↡、共ニ止テ↢偏執ヲ↡還テ為ル↢弟子ト↡。凡ソ受クル↠訓ヲ之徒衆余リ↢当国ニ↡、結ブ↠縁ヲ之親疎満リ↢諸邦ニ↡。
謗法・闡提の輩なりといへども、 かの教化を聞くもの、 覚悟花鮮やかに、 愚痴放逸の類なりといへども、 その*諷諫を得るもの、 惑障雲霽る。 ▼たとへば木石の縁を待ちて火を生じ、 瓦礫の*を磨りて珠をなすがごとし。 甚深の行願不可思議なるものか。
雖モ↢謗法・闡提之輩ナリト↡、聞ク↢彼ノ教化ヲ↡者、覚悟花鮮カニ、雖モ↢愚痴放逸之類ナリト↡、得ル↢其ノ諷諫ヲ↡者、惑障雲霽ル。喩バ如シ↢木石ノ待テ↠縁ヲ生ジ↠火ヲ、瓦礫ノ磨テ↠ヲ為スガ↟珠ヲ。甚深ノ行願不可思議ナル者歟。
まさにいま念仏修行の要義まちまちなりといへども、 他力真宗の興行はすなはち今師 (親鸞) の知識より起り、 ▼*専修正行の繁昌はまた*遺弟の*念力より成ず。 ▼流を酌んで本源を尋ぬるに、 ひとへにこれ祖師 (親鸞) の徳なり。 すべからく仏号を称して師恩を報ずべし。
方ニ今念仏修行之要義雖モ↠区ナリト、他力真宗ノ興行ハ則チ起リ↠従リ↢今師ノ知識↡、専修正行ノ繁昌ハ亦成ズ↠自リ↢遺弟ノ念力↡。酌デ↠流ヲ尋ルニ↢本源ヲ↡、偏ニ是祖師ノ徳也。須クシ↧称テ↢仏号ヲ↡報ズ↦師恩ニ↥。
頌にいはく、
頌ニ曰、
▲若非釈迦勧念仏
弥陀浄土何由見
心念香華遍供養
長時長劫報慈恩 (*般舟讃)
念仏
「若非釈迦勧念仏 弥陀浄土何由見
心念香華遍供養 長時長劫報慈恩」
念仏
▲何期今日至宝国
実是娑婆本師力
若1069非本師知識勧
弥陀浄土云何入 (般舟讃)
「何期今日至宝国 実是娑婆本師力
0066若非本師知識勧 弥陀浄土云何入」
南無帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
南无帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
【3】 第二に↑本願相応の徳を嘆ずといふは、 念仏修行の人これ多しといへども、 専修専念の輩はなはだ稀なり、 あるいは*自性唯心に沈みていたづらに浄土の真証を貶め、 あるいは定散の*自心に迷ひてあたかも*金剛の真信に闇し。
第二ニ嘆ズトイフ↢本願相応ノ徳ヲ↡者、念仏修行ノ人雖モ↠多シト↠之、専修専念之輩甚ダ稀ナリ。或ハ沈ミテ↢自性唯心ニ↡徒ニ貶メ↢浄土ノ真証ヲ↡、或ハ迷テ↢定散ノ自心ニ↡宛闇シ↢金剛ノ真信ニ↡。
しかるに祖師聖人 (親鸞)、 至心信楽おのれを忘れてすみやかに▲無行不成の願海に帰し、 ▼憶念称名精みありてとこしなへに不断無辺の光益に関る。 身にその証理を彰し、 人かの奇特を看ること勝計すべからず。 しかのみならず来問の貴賎に対してもつぱら他力易往の要路を示し、 面謁の道俗を誘へてひとへに善悪凡夫の生因を明かす。
而ルニ祖師聖人、至心信楽忘テ↠己ヲ速ニ帰シ↢無行不成之願海ニ↡、憶念称名有テ↠精鎮ニ関ル↢不断無辺之光益ニ↡。身ニ彰シ↢厥ノ証理ヲ↡、人看コト↢彼ノ奇特ヲ↡不↠可ラ↢勝計ス↡。加之対テ↢来問之貴賎ニ↡専ラ示シ↢他力易往之要路ヲ↡、誘テ↢面謁之道俗ヲ↡偏ニ明ス↢善悪凡夫之生因ヲ↡。
ゆゑに善導大師のいはく (*定善義)、 「▲今時の有縁、 あひ勧めて誓ひて浄土に生ぜしむるは、 すなはちこれ諸仏本願の意に称ふなり」 と。 またいはく (礼讃)、 「▲大悲伝普化 真成報仏恩」 と。
所以ニ善導大師ノ曰ク、「今時ノ有縁、相ヒ勧テ誓テ生シムルハ↢浄土ニ↡、則チ是称フ↢諸仏本願ノ意ニ↡也ト」。又曰ク、「大悲伝普化、真成報仏恩ト」。
しかれば祖師聖人、 金剛の信心を発起して自身の生因を定得し、 本願の名号を流行して衆機の*往益を助成す。 あに本願相応の徳にあらずや、 むしろ仏恩報尽1070の勤めにあらずや。
然レ者祖師聖人、発↢起テ金剛ノ信心ヲ↡定↢得シ自身ノ生因ヲ↡、流↢行テ本願ノ名号ヲ↡助↢成ス衆機ノ往益ヲ↡。豈ニ非ズ↢本願相応之徳ニ↡乎、寧ロ非ズ↢仏恩報尽之勤ニ↡哉。
またつねに門徒に語りていはく、 「▲信謗ともに因となりて同じく往生浄土の縁を成ず」 と。 誠なるかなやこの言、 疑ふものもかならず信を執り、 謗ずるものもつひに情を翻す。 まことにこれ仏意相応の化導、 そもそもまた*勝利広大の知識なり。
又恒ニ語テ↢門徒ニ↡曰ク、信謗共ニ為リテ↠因ト同ク成ズト↢往生浄土ノ縁ヲ↡。誠ナル哉ヤ斯ノ言、疑フ者モ必ズ執リ↠信ヲ、謗ズル者モ遂ニ翻ス↠情ヲ。実ニ是仏意相応之化導、抑モ又勝利広大之知識也。
悪時悪世界の今、 常没常流転の族、 もし聖人の勧化を受けたてまつらずんば、 いかでか無上大利を悟らん。 すでに一声称念の利剣を揮ひて、 たちまちに無明果業の苦因を截り、 かたじけなく*三仏菩提の願船に乗じて、 まさに涅槃*常楽の彼岸に到りなんとす。 弥陀難思の本誓、 釈迦慇懃の付属、 仰がずんばあるべからず。 諸仏誠実の証明、 祖師 (親鸞) *矜哀の引入、 憑まずんばあるべからず。
悪時悪世界之今、常没常流転之族、若シ不ハ↠受マツラ↢聖人ノ勧0067化ヲ↡、争カ悟ム↢無上大利ヲ↡。既ニ揮テ↢一声称念之利剣ヲ↡、忽ニ截リ↢無明果業之苦因ヲ↡、忝ク乗テ↢三仏菩提之願船ニ↡、将ニ↠到ナムト↢涅槃常楽之彼岸ニ↡。弥陀難思之本誓、釈迦慇懃之付属、不↠可ラ↠有ル↠不ンバ↠仰ガ。諸仏誠実之証明、祖師矜哀之引入、不↠可ラ↠有ル↠不ハ↠憑マ。
これによりておのおの本願を持ち名号を唱へて、 いよいよ二尊の悲懐に恊ひ、 仏恩を戴き師徳を荷なひて、 ことに一心の懇念を呈すべし。
因テ↠茲ニ各ノ持チ↢本願ヲ↡唱テ↢名号ヲ↡、弥ヨ恊ヒ↢二尊之悲懐ニ↡、戴キ↢仏恩ヲ↡荷テ↢師徳ヲ↡、特ニ呈ベシ↢一心之懇念ヲ↡。
頌にいはく、
頌ニ曰ク、
▲世尊説法時将了
慇懃付属弥陀名
五濁増時多疑謗
道俗相嫌不用聞 (*法事讃・下)
1071念仏
「世尊説法時将了 慇懃付属弥陀名
五濁増時多疑謗 道俗相嫌不用聞」
念仏
▲万行之中為急要
迅速無過浄土門
不但本師金口説
十方諸仏共伝証 (*五会法事讃)
「万行之中為急要 迅速无過浄土門
不但本師金口説 十方諸仏共伝証」
南無帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
南无帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
【4】 第三に↑滅後の徳を述すといふは、 釈尊、 教網を三界に覆ふ。 なほ末世苦海の群類を済ひ、 今師 (親鸞)、 法雨を四輩に灑ぎ、 遠く常没濁乱の遺弟を湿す。 かの在世をいへばすなはち九十歳、 *顕宗・密教鑽仰せずといふことなし。 その行化を訪へばまた六十年、 自利利他満足せずといふことなし。 在家・出家の*四部、 群集すること盛んなる市に異ならず。 大乗・小乗の三輩、 帰伏すること風に靡く草のごとし。 つひにすなはち*花洛に還りて草庵を占めたまふ。
第三ニ述ストイフ↢滅後利益ノ徳ヲ↡者、釈尊ノ覆フ↢教網ヲ於三界ニ↡。猶済ヒ↢末世苦海之群類ヲ↡、今師ノ灑グ↢法雨ヲ於四輩ニ↡、遠ク湿ス↢常没濁乱之遺弟ヲ↡。謂ヘバ↢彼ノ在世ヲ↡即チ九十歳、顕宗・密教莫シ↠不トイフコト↢鑽仰セ↡。訪ヘバ↢其ノ行化ヲ↡亦六十年、自利々他莫シ↠不0068トイフコト↢満足セ↡。在家・出家之四部、群集コト不↠異ナラ↢盛ナル市ニ↡。大乗・小乗之三輩、帰伏コト如シ↢靡ク↠風ニ草ノ↡。終ニ則チ還テ↢花洛ニ↡占タマフ↢草庵ヲ↡。
しかるあひだ、 去んじ*弘長第二壬戌黄鐘二十八日、 ▲前念命終の業成を彰して後念即生の素懐を遂げたまひき。 ああ、 *禅容隠れていづくにかます。 給仕を数十周紀の星に隔つ。 遺訓絶えていくそばくのほどぞ。 旧跡を*一百1072余年の霜に慕ふ。
然ル間去ジ弘長第二壬戌黄鐘二十八日、彰テ↢前念命終之業成ヲ↡遂タマヒキ↢後念即生之素懐ヲ↡。噫呼禅容隠テ何クニカ在マス。隔ツ↢給仕ヲ於数十箇廻之月ニ↡。遺訓絶テ幾ノ程ゾ。慕フ↢旧跡ヲ於一百余年之霜ニ↡。
かの遺恩を重んずる門葉、 その身命を軽んずる*後昆、 毎年を論ぜず*遼絶を遠しとせず、 *境関千里の雲を凌ぎて奥州より歩みを運び、 *隴道万程の日を送りて諸国より群詣す。 廟堂に跪きて涙を拭ひ、 遺骨を拝して腸を断つ。 入滅年はるかなりといへども、 往詣挙りていまだ絶えず。
重クスル↢彼ノ遺恩ヲ↡門葉、軽クスル↢其ノ身命ヲ↡後昆、不↠論ゼ↢毎年ヲ↡不↠遠シトセ↢遼絶ヲ↡、凌テ↢境関千里ノ雲ヲ↡自リ↢奥州↡運ビ↠歩ヲ、送テ↢隴道万程ノ日ヲ↡従リ↢諸国↡群詣ス。跪テ↢廟堂ニ↡拭ヒ↠涙ヲ、拝テ↢遺骨ヲ↡断ツ↠腸ヲ。入滅年雖モ↠遙ナリト、往詣挙テ未ダ↠絶エ。
哀れなるかなや、 恩顔は寂滅の煙に化したまふといへども、 真影を眼前に留めたまふ。 悲しきかなや、 徳音は無常の風に隔たるといへども、 実語を耳の底に貽す。 撰び置きたまふところの書籍、 万人これを披いて多く西方の*真門に入り、 弘通したまふところの教行、 遺弟これを勧めて広く*片域の群萌を利す。 おほよそその一流の繁昌はほとんど在世に超過せり。
哀ナル哉ヤ、恩顔ハ雖モ↠化シタマフト↢寂滅之煙ニ↡、留タマフ↢真影ヲ於眼前ニ↡。悲キ哉ヤ、徳音者雖モ↠隔ルト↢無常之風ニ↡、貽ス↢実語ヲ於耳ノ底ニ↡。所ノ↢撰ビ置タマフ↡書籍、万人披テ↠之ヲ多ク入リ↢西方之真門ニ↡、所ノ↢弘通タマフ↡教行、遺弟勧テ↠之ヲ広ウ利ス↢片域之群萌ヲ↡。凡ソ厥ノ一流ノ繁昌ハ殆超↢過セリ于在世ニ↡。
つらつら平生の化導を案じ、 閑かに当時の得益を憶ふに、 祖師聖人 (親鸞) は直也人にましまさず、 すなはちこれ権化の再誕なり。 すでに弥陀如来の応現と称し、 また曇鸞和尚の*後身とも号す。 みなこれ夢のうちに告げを得、 幻の前に瑞を視しゆゑなり。 いはんやみづから名のりて親鸞とのたまふ、 測り知りぬ、 曇鸞の化現なりといふことを。
倩ラ案ジ↢平生之化導ヲ↡、閑ニ憶フニ↢当時之得益ヲ↡、祖師聖人ハ匪ズ↢直也人ニ↡、則チ是権化ノ再誕也。已ニ称シ↢弥陀如来ノ応現ト↡、亦号ス↢曇鸞和尚ノ後身トモ↡。皆是夢ノ中ニ得↠告ヲ、幻ノ前ニ視シ↠瑞ヲ故也。況ヤ自ラ名テ曰フ↢親鸞ト↡、測リ知ヌ曇鸞ノ化現也トイフコトヲ。
しかればすなはち聖人、 修習念仏のゆゑに、 往生極楽のゆゑに、 宿命通をもつて知恩報徳の志を鑑み、 方便力をもつて有縁・無縁の機を導きたまは1073ん。 願はくは師弟*芳契の宿因によりて、 かならず最初*引接の利益を垂れたまへ。 よりておのおの他力に帰して仏号を唱へよ。
然レバ則チ聖人、修習念仏ノ故ニ、往生極楽ノ故ニ、以テ↢宿命通ヲ↡鑑ミ↢知恩報徳之志ヲ↡、以0069テ↢方便力ヲ↡導タマハム↢有縁・無縁之機ヲ↡。願クハ依テ↢師弟芳契之宿因ニ↡、必ズ垂タマヘ↢最初引接之利益ヲ↡。仍テ各ノ帰テ↢他力ニ↡唱ヘヨ↢仏号ヲ↡。
頌にいはく、
頌ニ曰ク、
▲身心毛吼皆得悟
菩薩聖衆皆充満
*自化神通入彼会
憶本娑婆知識恩 (般舟讃)
念仏
「身心毛吼皆得悟 菩薩聖衆皆充満
自化神通入彼会 憶本娑婆知識恩」
念仏
▲直入弥陀大会中
見仏荘厳無数億
三明六通皆具足
憶我閻浮同行人 (法事讃・下)
「直入弥陀大会中 見仏荘厳無数億
三明六通皆具足 憶我閻浮同行人」
南無帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
南無帰命頂礼大慈大悲釈迦善逝
南無帰命頂礼極楽能化弥陀如来
南無帰命頂礼*六方証誠恒沙世界
1074南無帰命頂礼三国伝灯諸大師等
南無自他法界平等利益
次 六種回向等
南無帰命頂礼尊重讃嘆祖師聖霊
南無帰命頂礼大慈大悲釈迦善逝
南無帰命頂礼極楽能化弥陀如来
南無帰命頂礼六方証誠恒沙世界
南無帰命頂礼三国伝灯諸大師等
南無自他法界平等利益
次六種廻向等
0070*応仁二年十月中旬
釈蓮如(花押)
延書の底本は本派本願寺蔵版。
三礼 三帰礼、 三宝礼ともいい、 勤式のはじめに、 主として三宝帰依を述べる敬礼文のこと。 ¬華厳経¼ 「浄行品」 の文。
如来唄 如来の妙色身を讃詠した文。
皇太后宮大進 皇太后宮職の第三等官。
瑜伽瑜祇 仏の三密と衆生の三密とを相応させる三密加持の観法のこと。
痴膠 愚かさのために迷いにとらえられて動きのとれないことをいう。
速成覚位 この身のままで速やかに仏の位に至ること。
東関の斗薮 斗薮は梵語ドゥータ (dhuūta) の漢訳。 頭陀行のことで、 衣食住に対する貪着を捨て、 山野を巡って辛酸に耐える修行をすること。 ここでは関東地方を巡るというほどの意。
常州筑波山の北の辺 現在の茨城県笠間市稲田町付近。
瓦礫荊棘 瓦礫はかわらと小石、 荊棘はいばらのこと。 ここでは数が多いという意。
稲麻竹葦 ここでは数が多いという意。
諷諫 ここではおだやかに教え導くという意。
一説には、 金属を平らにする道具で、 やすりのようなものという。
専修正行 もっぱら念仏の正行を修する意で、 自力を離れてただ念仏する浄土真宗の宗義をいう。
遺弟 親鸞聖人滅後の門弟。
念力 信心の力。
三仏菩提の願船 法・報・応の三身の徳をすべてそなえて
衆生を救う本願を船に喩えていう。 →
三身
一百余年の霜 読誦の際、 現在は 「七百余霜の月」 と読む。
真門 ここでの意は方便真門ではなく、 真実の門。
自化 ¬般舟讃¼ の原文には 「自作」 とある。
六方証誠恒沙世界 六方の数限りない世界の諸仏が念仏の法の真実であることを証明すること。 「世界」 は異本には 「世尊」 とある。
底本は真宗大谷派蔵応仁三年蓮如上人書写本。