1371いち1115ねんねんふんべつのこと

*りゅうかんりっさく

 

【1】 ^念仏ねんぶつぎょうにつきて、 一念いちねんねんの​あらそひ、 このごろ​さかりに​きこゆ。 これ​は​きはめたるだいなり。 よくよく​つつしむ​べし。 一念いちねんを​たて​てねんを​きらひ、 ねんを​たて​て一念いちねんを​そしる、 ともに本願ほんがんの​むね​に​そむき、 *善導ぜんどうの​をしへ​を​わすれ​たり。

【2】 ^ねんは​すなはち一念いちねん*つもり​なり。 そのゆゑは、 ひとの​いのち​は日々にちにち今日きょうや​かぎり​と​おもひ、 時々じじに​ただいま​や​をはり​と​おもふ​べし。 じょうの​さかひ​は、 うまれて*あだなる​かり​の*すみか​なれば、 かぜの​まへ​の​ともしび​を​み​ても、 くさの​うへ​のつゆ*よそへ​ても、 いきの​とどまり、 いのち​の​たえ​ん​こと​は、 かしこき​もおろかなる​も一人いちにんとして​のがる​べき*かた​なし。 この​ゆゑに、 ただいま​にても​まなこぢ​はつる​ものなら​ば、 弥陀みだ本願ほんがんに​すくは​れ​て極楽ごくらくじょうむかへ​られ​たてまつら​ん​と​おもひ​て、 南無なも弥陀みだぶつと​となふる​こと​は、 一念いちねんじょうどくを​たのみ、 いちねん1372広大こうだいやくあおぐ​ゆゑなり。

【3】 ^しかるに​いのち​のび​ゆく​まま​には、 この一念いちねんねん三念さんねんと​なりゆく。 この一念いちねん、 かやうに​かさなり​つもれ​ば、 いちにも​なり二時にじにも​なり、 いち1116にちにもにちにも、 一月いちがつにもがつにも​なり、 一年いちねんにもねんにも​なり、 じゅうねんじゅうねんにもはちじゅうねんにも​なりゆく​こと​にて​あれば、 いかに​して今日きょうまでき​たる​やらん、 ただ​いまや​このの​をはり​にても​あら​ん​と​おもふ​べき​ことわり​が、 いちじょうし​たるの​ありさま​なる​によりて、 善導ぜんどうは、 「恒願ごうがん一切いっさいりんじゅ しょうえん勝境しょうきょうしつ現前げんぜん(*礼讃) と​ねがは​しめ​て、 念々ねんねんに​わすれ​ず、 念々ねんねんおこたら​ず、 まさしくおうじょうせ​んずる​とき​まで念仏ねんぶつす​べき​よし​を、 ねんごろに​すすめ​させたまひ​たる​なり。

【4】 ^すでに一念いちねんを​はなれ​たるねんも​なく、 ねんを​はなれ​たる一念いちねんも​なき​ものを、 ひとへにねんにて​ある​べし​とさだむる​ものなら​ば、 ¬*りょう寿じゅきょう¼ (下) の​なか​に、 あるいは 「しょしゅじょう もんみょうごう 信心しんじんかん ない一念いちねん しんこう がんしょうこく 即得そくとくおうじょう じゅ退転たいてん」 とき、 ^あるいは 「ない一念いちねん ねんぶつ 亦得やくとくおうじょう(*大経・下) と​あかし、 ^あるいは 「其有ごう得聞とくもんぶつみょうごう かんやく ない一念いちねん とうにん どくだい そくそく じょうどく(大経・下) と、 たしかに​をしへ1373させたまひ​たり。

^善導ぜんどうしょうも ¬きょう¼ (大経) の​こころ​に​より​て、 「かん一念いちねん皆当かいとうとくしょう(礼讃)*も、 「じっしょういっしょう一念いちねんとうじょうとくおうじょう(礼賛・意) ともさだめ​させたまひ​たる​を、 もちゐ​ざら​ん​に​すぎ​たるじょうきょう*あだ​や​はそうろふ​べき。

【5】 ^かく​いへ​ば​とて、 ひとへに一念いちねんおうじょうを​たて​て、 ねん*ひがごと​といふ​ものなら​ば、 本願ほんがん1117もんの 「ないじゅうねん」 をもちゐ​ず、 ¬*弥陀みだきょう¼ の 「一日いちにちない七日しちにち」 の称名しょうみょう*そぞろごと​に​なし​はて​んずる​か。

^これら​のきょうに​より​て善導ぜんどうしょうも、 あるいは 「一心いっしん専念せんねん 弥陀みだみょうごう 行住ぎょうじゅう座臥ざが もんせつごん 念々ねんねんしゃしゃ みょう正定しょうじょうごう じゅん仏願ぶつがん(*散善義)さだめ​おき、 あるいは 「誓畢せいひつしょう 無有むう退転たいてん ゆいじょう為期いご(散善義) と​をしへ​て、 *けんじょうしゅす​べし​と​すすめ​たまひ​たる​をば、 *しかしながら​ひがごと​に​なし​はて​んずる​か。

^じょうもんり​て、 善導ぜんどうの​ねんごろ​の​をしへ​を​やぶり​も​そむき​も​せ​んずる​は、 がくべつひとには​まさり​たる​あだ​にて、 ながくさん*もりとして​うかぶも​ある​べから​ず。 こころうき​こと​なり。

【6】 ^これ​によりて、 あるいは 「じょうじんいちぎょう 下至げしじゅうねん 三念さんねんねんぶつ来迎らいこう じき弥陀みだぜいじゅう 致使ちしぼんねんそくしょう(*法事讃・下) と、 あるいは 「こんしん1374ほんぜいがん ぎゅうしょうみょうごう 下至げしじっしょういっしょうとう じょうとくおうじょう ない一念いちねん 無有むうしん(礼讃) と、 あるいは 「にゃく七日しちにちぎゅう一日いちにち 下至げしじっしょう ないいっしょう一念いちねんとう 必得ひっとくおうじょう(礼讃) といへり。 かやうに​こそ​はおおせ​られ​てそうらへ。

【7】 ^これら​のもんは、 たしかに一念いちねんねん*なか​あしかる​べから​ず。 ただ弥陀みだがんを​たのみ​はじめ​てんひとは、 いのち​を​かぎり​と​し、 おうじょうとして念仏ねんぶつす​べし​と​をしへ​させたまひ​たる​なり。 ゆめゆめへんじゅうす​べから​ざる​こと​なり。 こころ​のそこをば​おもふやう​にもうし​あらはしそうらは​ねども、 これ​にて1118こころえ​させたまふ​べき​なり。

【8】 ^おほよそ一念いちねんしゅうかたく、 ねんの​おもひ*こはき人々ひとびとは、 かならず​をはり​の​わるき​にて、 いづれ​も​いづれ​も本願ほんがんに​そむき​たる​ゆゑなり​といふ​こと​は、 おし​はからは​せたまふ​べし。 されば​かへすがへす​も、 ねんすなはち一念いちねんなり、 一念いちねんすなはちねんなり​といふ​ことわり​を​みだる​まじき​なり。

  南無なも弥陀みだぶつ

*ほんに​いはく、

 *けんちょうしちきのとのうがつじゅう三日さんにち 禿とくしゃく*善信ぜんしんはちじゅう三歳さんさいこれ​を書写しょしゃす。

 

底本は大谷大学蔵室町時代末期書写本。
すみか 「すがた」 とする異本がある。
 続いて 「爾時にじもん一念いちねん皆当かいとうとくしょうとも」 とする異本がある。
あだ 仇。 敵。 あるいは、 いたずらごと。
そぞろごと わけもないこと。 つまらないこと。
無間長時 →しゅ
なか 「ながら」 と註記のある異本がある。
本にいはく 「本」 とは書写原本のこと。 原本にあった奥書をそのまま転写したことを示す。