0649◎拾遺黒谷語録巻下 上漢語 中下和語
厭欣沙門了慧集録
◎▼念仏往生義第一
▼東大寺十問答第二
▼御消息第三
▼往生用心第四
拾(687)遺黒谷語録巻下
愚見のおよぶところ、 集編かくのごとし。
しかるに世のなかに黒谷の御作といふ文おほし。 いはゆる ¬決定往生行相抄¼・¬本願相応抄¼・¬安心起行作業抄¼・¬九条の北の政所へ進ずる御返事¼ かの御返事に二通あり、 これは三心をのせたる本なり。 この文どもは、 余の和語の書に文章も似ず、 義勢もたがへり。 おほきにうたがひあるうゑに、 ふるき人の偽書と申つたへたり。 しかればこれをいれず。
又 ¬廿二問答¼ とて廿六、 七張の文あり。 又 ¬臨終行儀¼ とて五、 六張の文あり。 真偽しりがたし。 いさゝかおぼつかなきによりて、 これをのぞけり。
又 ¬念仏得失義¼ といふ文あり、 上人の御作といへり。 しかれども、 これはまさしくあらぬ人のつくれる文也。
このほかにま事しからぬ文二、 三本あり。 中々[に]いふにたらぬ物ども也。
およそ二十余年のあひだ、 あまねく花夷をたづね、 くはしく真偽をあ0688きらめて、 これを取捨すといへども、 あやまる事おほからん、 後賢かならずたゞすべし。 又おつるところの真書あらば、 この拾遺に続くべし。 心ざすところは、 衆生をして浄土の正路におもむかしめんがためなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
望西楼沙門了慧謹疏
語灯録瑞夢事
語灯録瑞夢事
嵯峨に貴女おはしき。 後世をねがふ御心ふかくして、 往生院の善導堂に御参篭ありて、 往生をいのり申されけるに、 御ゆめに、 善導和尚一巻のまき物をもちて、 これは ¬ことばのともしび¼ といふふみ也、 これを見て念仏申さば決定往生すべしとて、 さずけさせ給へば、 よにうれしくおぼえて、 うけとらせ給へば、 ゆめさめぬ。
ありがたおくおぼしめして、 かゝる文やあると諸方を御たづねあるに、 すべてなし。 さては妄想にてやありつらんとて、 かさねて御参篭ありて祈請申されける時、 二尊院・往生院兼参する本心房といふ僧、 善導堂へまいりたりけるに、 この事を御たづねありければ、 本心房申ていはく、 ¬ことばのともしび¼ と申文は、 ¬語0689灯録¼ の事にてぞ候らん。 法然上人の御書をあつめたる文にて候とて、 かしまいらせたりければ、
よろこびてこれを御らんずるに、 往生うたがひなくおぼえさせ給ければ、 やがてうつさんとおぼしめしたちける夜の御ゆめに、 束帯なる上臘の二人、 両方にたゝせ給たりけるを、 いづくよりいらせ給て候ぞと申されければ、 われはこの ¬ことばのともしび¼ の守護のために、 北野・平野の辺よりまいりて候也とおほせられけるに、 又そばに貴げなる僧の、 あの上臘は、 北野天神・平野大明神にておはします也。 一切衆生の信をまさんずる聖教なるあひだ、 三十神の番々にまはりて、 守護せさせ候ぞと、 おほせらるゝとおもひて、 うちおどろかせ給ぬ。
ことに貴くおぼしめして、 これをうつして、 つねにみまいらすれば、 往生の事は、 いまは手にとりたるやうにおぼえ候ぞと、 まさしく御物がたり候きと、 本心房つたへ申しき。
さてそのゝり、 一心に御念仏ありて、 正和元年 壬子 八月に三日さきだちて時日をしろしめして、 われはこの月の四日の卯の時に往生すべしとおほせら[れ]けるが、 日も時もたがはず、 八月四日卯のはじめに、 高声念仏百三十遍となへて、 御こゑとゝもに、 御いきとゞまらせ給ひき。 御とし廿九とうけ給はりき。 くはしく ¬語録験記¼ のごとし 云云。
善導の御さづけ、 神明の御守護、 か0690たがたたのもしくおぼえて、 はゞかりながらこれをしるすところ也。 およそこの ¬録¼ を見て、 安心をとりて往生をとげたる人おほし。 くはしくしるすにおよばず 云云。
元亨元年辛酉のとし、 ひとへに上人の恩徳を報じたてまつらんがため、 又もろもろの衆生を往生の正路におもむかしめんがために、 この和語の印板をひらく。
一向専修沙門 南無阿弥陀仏 円智 謹疏
沙門了恵、 感歎にたへず、 随喜のあまり七十九歳の老眼をのごひて、 和語七巻の印本を書之。
元亨元年 辛酉 七月八日終謹疏
法橋幸巌巻頭
底本は龍谷大学蔵元亨元年刊本。 ただし訓(ルビ)は有国によるˆ表記は現代仮名遣いにしたˇ。