0343◎最要さいよう鈔しょう

　◎¬大だい无む量りょう寿じゅ経きょう¼に (巻上) に言､　のたまはく

｢設せつ我が得仏とくぶつ､ 十方じっぽう衆しゅ生じょう､ 至し心しん信しん楽ぎょう､ 欲よく生しょう我が国こく､ 乃ない至し十じゅう念ねん､ 若にゃく不ふ生しょう者じゃ､ 不ふ取しゅ正しょう覚がく､ 唯除ゆいじょ五ご逆ぎゃく誹ひ謗ほう正しょう法ぼう｡｣

同おなじく願がん成じょう就じゅ文もん｡ ¬経きょう¼ (大経巻上) に言､　のたまはく

｢所しょ有う衆しゅ生じょう聞もん其ご名みょう号ごう､ 信心しんじん歓かん喜ぎ､ 乃ない至し一念いちねん至し心しん廻え向こう､ 願がん生しょう彼ひ国こく､ 即得そくとく往おう生じょう､ 住じゅう不ふ退転たいてん､ 唯除ゆいじょ五ご逆ぎゃく誹ひ謗ほう正しょう法ぼう｣

この願がん成じょう就じゅの文もんに ｢信心しんじん歓かん喜ぎ乃ない至し一念いちねん｣ とらのたまへり｡ この信心しんじんをば､ まことのこゝろとよむうへは､ 凡ぼん夫ぶの迷心めいしんにあらず､ またく仏心ぶっしんなり｡ この仏心ぶっしんを凡ぼん夫ぶにさづけたまふとき､ 信心しんじんとはいはるゝなり｡ 凡ぼん夫ぶのまことのこゝろとおぼしきは､ 一念いちねんおこすににたれども､ またくすゑとをらず｡ しかれば光こう明みょう寺じの御おん釈しゃくにも､ ｢たとひ清しょう心しんをおこすといへども､ 水みずに画えがけるがごとし｣ (序分義) とみえたり｡ やぶれやすきこといふにおよばず｡ 往おう生じょうほどの一いち大だい事じを､ やぶれやすき凡ぼん情じょうをもて0344治じ定じょうすべきにあらず｡ しかれば､ 御おん釈しゃくに ｢共ぐ発ほつ金剛こんごう志し､ 横おう超ちょう断だん四流しる､ 願がん入にゅう弥陀みだ界かい､ 帰依きえ合がっ掌しょう礼らい｣ (玄義分) とら言｡　のたまへり金剛こんごうのこゝろざしをおこすといふは､ いまの願がん成じょう就じゅの信心しんじん歓かん喜ぎの心こころなり｡ わがかしこくて信しんずるにあらず｡ ｢聞もん其ご名みょう号ごう｣ といふ聞もんは､ 善ぜん知ぢ識しきにあふて如来にょらいの他た力りきをもて往おう生じょう治じ定じょうする道どう理りをきゝさだむる聞もんなり｡ おなじき ¬経きょう¼ (大経巻下) に ｢其ご仏ぶつ本願ほんがん力りき､ 聞もん名みょう欲よく往おう生じょう｣ とらあり｡ 宗しゅう師しの御おん釈しゃくにも ｢弥陀みだ智ち願がん海かい､ 深広じんこう无む涯底がいたい､ 聞もん名みょう欲よく往おう生じょう｣ (信巻意) とみえたり｡ 経釈きょうしゃくすでに聞もんをもて詮要せんようとせられたり｡ よくきくところにて往おう生じょうの心しん行ぎょうを獲ぎゃく得とくする条じょう､ 顕然けんねんなり､ しるべし｡

また ¬教行きょうぎょう信しん証しょう¼ にいはく､

｢憶念おくねん弥陀みだ仏ぶつ本願ほんがん､ 自じ然ねん即そく時じ入にゅう必ひつ定じょう､ 唯能ゆいのう常称じょうしょう如来にょらい号ごう､ 応報おうほう大だい悲ひ弘ぐ誓ぜい恩おん｡｣

この文もんのこゝろは､ 弥陀みだ仏ぶつの本願ほんがんを憶念おくねんするとき､ たちどころに必ひつ定じょうにいたるとみえたり｡ ｢必ひつ定じょう｣ といふは､ すなはち四し十じゅう八願はちがんのなかの第だい十じゅう一いちの必ひっ至し滅めつ度どの願がんなり｡ ｢自じ然ねん｣ といふは､ 如来にょらいの本願ほんがん力りきをもて往おう生じょうを治じ定じょうせらるゝこゝろなり｡ 来迎らいこうをたのまず臨りん終じゅうを期ごせざる義ぎあきらけし｡ しかれば､ 経釈きょうしゃくともに本願ほんがんの生しょう起きをきゝうる0345時じ分ぶんにあたりて往おう生じょうを得とく証しょうする条じょう､ 文もんにありてあきらけし｡ ひとみなおもへらく､ 果か縛ばくの穢え体たいやぶるゝときならでは往おう生じょうの行ぎょう業ごう成じょうずべからずと｡ しかるにその条じょう､ 僻案へきあんなり｡ そのゆへは善悪ぜんあくの二に報ほうしからず｡ まづ性しょう相そうのさだむるところの悪業あくごうを平生へいぜいのとき造ぞう作さする時じ分ぶんに､ 三悪さんまく必ひつ堕だの業因ごういん､ 最さい後ご終しゅう焉えんにさきだちて治じ定じょうするにあらずや｡ 造悪ぞうあくにつきて生しょう処じょ臨りん終じゅうにあらずといへども治じ定じょうする義ぎ必然ひつねんならば､ 善悪ぜんあくは相対そうたいの法ほうなれば､ 善業ぜんごうもまたあひかはるべからず｡ これによりて往おう生じょうの心しん行ぎょうを獲ぎゃく得とくすれば､ 終しゅう焉えんにさきだちて即得そくとく往おう生じょうの義ぎあるべし｡ 仮け令りょう身心しんしんのふたつに命終みょうじゅうの道どう理りあひかはるべき歟か｡ 无始むしよりこのかた生しょう死じに輪りん廻ねして､ 出しゅつ離りを悕求けぐしならひたる迷めい情じょうの自じ力りき心しん､ 本願ほんがんの道どう理りをきくところにて謙けん敬きょうすれば､ 心しん命みょうつくるときにてあらざるをや｡ そのとき､ 住じゅう正定しょうじょう聚じゅのくらゐにもさだまれば､ これを即得そくとく往おう生じょうといふべし｡ 善悪ぜんあくの生しょう処じょをさだむることは心しん命みょうのつくるときなり､ 身しん命みょうのときにあらず｡ しかれば､ 臨りん終じゅうを期ごすべからざる義ぎ､ 道どう理り・文もん証しょうあきらけし｡ 信心しんじん歓かん喜ぎ乃ない至し一念いちねんのとき､ 即得そくとく往おう生じょうの義ぎ治じ定じょうののちの称名しょうみょうは仏恩ぶっとん報謝ほうしゃのためなり｡ さらに機きのかたより往おう生じょうの正行しょうぎょうとつのるべきにあらず｡ ｢応報おうほう大だい悲ひ弘ぐ誓ぜい恩おん｣ と釈しゃくしたまへるにてこゝろうべし｡ 大概たいがいこれをもて思し釈しゃくすべきなり｡

0346*康永二歳 癸未 四月廿六日

大谷殿御法聞也｡ 為目良寂円房道源於御病中従覚右筆記之｡