0291◎本願鈔
◎¬大無量寿経¼ (巻下) にのたまはく、
◎¬大无量寿経¼言、
「あらゆる衆生その名号を聞きて、 信心歓喜し、 乃至一念至心に回向せん、 かの国に生れんと願ずれば、 すなはち往生を得、 不退転に住せん。」
「▲所有衆生聞其名号、 信心歓喜、 乃至一念至心廻向、 願生彼国、 即得往生、 住不退転。」
またのたまはく (大経巻下) 、
又言、
「その仏の本願力、 名を聞きて往生せんと欲へば、 みなことごとくかの国に到りて、 おのづから不退転に致る。」
「▲其仏本願力、 聞名欲往生、 皆悉倒彼国、 自致不退転。」
同じき ¬経¼ の流通 (大経巻下) にのたまはく、
同¬経¼流通言、
「仏、 弥勒に語りたまはく、 それかの仏の名号を聞くことを得て、 歓喜踊躍し、 乃至一念せん、 まさに知るべし、 この人は大利を得とす、 すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。」
「▲仏語弥勒、 其有得聞彼仏名号、 歓喜踊躍、 乃至一念、 当知、 此人為得大利、 即是具足无上功徳。」
また同じき ¬経¼ (大経巻下) にのたまはく、
又同¬経¼言、
「たとひ世界に満てらん火をも、 かならず過ぎて要めて法を聞かば、 かならずまさに仏道を成じて、 広く生死の流を済ふべし。」
「▲設満世界火、 必過要聞法、 会当成仏道、 広済生死流。」
光明寺の和尚 (礼讃) のいはく、
光明寺和尚曰、
「たとひ大千に満てらん火をも、 ただちに過ぎて仏の名を聞け、 名を聞きて歓喜して讃ずれば、 みなまさにかしこに生ずることを得べし。」
「▲設満大千火、 直過聞仏名、 聞名歓喜讃、 皆当得生彼。」
同じき御釈に (礼讃) いはく、
同0292御釈曰、
「弥陀の智願海は、 深広にして涯底なし、 名を聞きて往生せんと欲すれば、 みなことごとくかの国に到る。」
「▲弥陀智願海、 深広无涯底、 聞名欲往生、 皆悉到彼国。」
わたくしにいはく、 この経釈の文にまかするに、 黒谷の聖人 源空 より本願寺の聖人 親鸞 相承しましますところの、 報土往生の他力不思議の信心を、 善知識ありて、 つたへときてさづくるを、 行者きゝうるによりて、 文のごとく一念歓喜のおもひをこるにつきて、 往生たちどころにさだまるを、 正定聚のくらゐに住すともいひ、 かならず滅度にいたるともいひ、 摂取不捨の益にあづかるともいふなり。 このときを、 すなはち凡夫自力の心のつくるときなれば、 こゝろのをはりともいふべし。
-しかれば、 ふたゝび臨終をまつべきにあらず、 来迎をたのむべきにあらず。 信心のさだまるとき往生またさだまるゆへなり。 おほよす来迎は諸行往生にあるべし、 弥陀の本願にあらず。 しかれば、 来迎あるべしと行者これをまつとも不定なるべし。 しかれば、 本願の生起本末をきくところにて、 ときをへだてず日をへだてずして、 たちどころに往生さだまるなり。 しかれば、 きくところにて往生さだまるべきによりて、 経釈ともに、 きゝて一念せよとすゝめたまへり。 しかれば黒谷・本願寺の両聖人の御化導、 経釈符号せる条、 文にありてあきらかなるものをや、 し0293るべし。
黒谷聖人 (選択集) のたまはく、
「まさに知るべし、 生死の家には疑をもつて所止となし、 涅槃の城には信をもつて能入となす。」
「▲当知、 生死之家以疑為所止、 涅槃之城以信為能入。」
本願寺聖人 (行巻) のたまはく、
「弥陀仏の本願を憶念すれば、 自然に即の時必定に入る、 ただよくつねに如来の号を称して、 大悲弘誓の恩を報ずべし。」
「▲憶念弥陀仏本願、 自然即時入必定、 唯能常称如来号、 応報大悲弘誓恩。」
わたくしにいはく、 この御釈のこゝろは、 弥陀仏の本願を善知識よりきくにつきて、 憶念すればすなはちのとき往生さだまるとなり。 「唯能常称」 とは、 往生すでにさだまりぬとしりてのちは、 御名をとなへて如来の恩徳をむくひたてまつるべしとなり、 しるべし。
「顕浄土真実信文類」 の三にいはく 本願寺の聖人御制作、
「顕浄土真実信文類」三曰 本願寺聖人御制作 、
「真実の信心はかならず名号を具す、 名号はかならずしも願力の信心を具せざるなり。」
「▲真実信心必具名号、 名号必不具願力信心也。」
わたくしにいはく、 この文のこゝろは、 「真実の信心にはかならず名号を具す」 といふは、 本願のをこりを善知識のくちよりきゝうるとき、 弥陀の心光に摂取せられたてまつりぬれば、 摂取のちからにて、 名号をのづからとなへらるゝなり。 これすなはち仏恩報謝のつとめなり。
-「名号必不具願力信心也」 といふは、 名号をとな0294へて、 この名号の功力をもて浄土に往生せんとおもふは、 名号をもてわが善根とおもひ、 名号をもてわがつくる功徳とたのむゆへに、 如来の他力をあふがざるとがによりて、 まことの報土にむまれざれば、 名号にはかならずしも願力の信心を具せざるなりと釈したまへり、 しるべし。
本願抄一帖
*応安四年 辛亥 後三月晦日書写信州善教房書与也
*先考御作也 存覚
本文が漢文の箇所は有国が延書した。 また訓(ルビ)も有国により、 表記は現代仮名遣いとしている。