選択集延書 解説
本書は、 源空 (法然) 聖人撰述の ¬選択集¼ を延書したものであり、 上下二巻からなる。
宗祖が元久二 (1205) 年に源空聖人より ¬選択集¼ の見写を許されたことは、 ¬教行信証¼ 「後序」 に自ら記されているが、 このとき書写された本は現存せず、 また宗祖真筆の延書本も現存しない。 しかし、 宗祖が書写した旨の奥書を有する延書本が、 大谷大学禿庵文庫に上巻本、 高田派専修寺に下巻本が伝えられており、 上巻本に 「正元元歳九月朔日書之/愚禿親鸞 八十七歳 」、 下巻本に 「正元元歳九月十日書之/愚禿親鸞 八十七歳 」 とある。 これらのことから、 本書は、 正元元 (1259) 年、 宗祖八十七歳の時に書写されたものを元にしたことが知られ、 「正元本」 とも呼ばれる。
本書の首題 「選択本願念仏集」 の下には、 上巻本に 「仮字上本」、 下巻本に 「仮字下本」、 下巻末に 「仮字下末」 と細註があり、 上下巻をそれぞれ二つに分けた四冊本であることがわかる。 上巻本には第一二門章と第二二行章、 下巻本には第八三心章より第十一讃嘆念仏章まで、 下巻末には第十二念仏付属章より結勧までが収められている。 なお、 上巻末は現存しないが、 第三本願章より第七摂取章までが収められていたと考えられる。
上巻本の特徴としては、 まず、 主題直下に 「天台黒谷沙門源空作」 という撰号を有している。 次に、 標宗の細註を 「往生之業念仏を本とす」 としている。 これは、 宗祖が ¬教行信証¼ 「行文類」 や 「化身土文類」、 ¬尊号真像銘文¼ に引用した文で、 「往生之業念仏為本」 と記していることに通ずる。 次に、 第一二門章冒頭に 「謹 ¬安楽集¼ の上を按ずるに」 と 「謹按」 の二字を冠したものを延書している。 さらに、 同章の ¬安楽集¼ の引文において、 「暴風駛雨」 とあるのは、 ¬選択集¼ 諸本が 「駃」 とするのとは異なるが、 ¬高僧和讃¼ 道綽讃△の文言と一致しており、 宗祖の用字と通じている。
下巻本末の特徴としては、 宗祖が用いた漢字の字体が多く見られることが挙げられ、 また、 宗祖の仮名遣いに基づいて書写されているともいわれている。 たとえば、 経文の引用を 「のたまはく」、 論疏の引用を 「いはく」 と使い分けており、 宗祖の用例に準じている。 また、 第八三心章の 「ほかには賢善精進の相を現ずることをえざれ、 うちに虚仮をいだければなり」 は、 ¬教行信証¼ 「信文類」 や ¬愚禿鈔¼ で用いられる宗祖独特の訓読に通じている。 さらに、 下巻末に 「兼実博陸の高命をかぶれり」 とあるのは、 本書のみに見られる特徴であるが、 ¬高僧和讃¼ (国宝本) 源空讃に 「兼実博陸」 とあることなどから、 宗祖が書き加えた文旨とも考えられる。
このように本書は、 宗祖の用字や字体、 仮名遣いや訓読などをよく伝えている。 また、 上巻本・下巻本末を通して漢字に丁寧な振り仮名が加えられていることも、 本書の特徴である。
→二本説・四本説
本書と他の諸本を比較すると、 本書には建暦本のような序文は見られない。 また、 標宗の細註を 「先とす」 ではなく 「本とす」 とし、 第一二門章冒頭を 「謹 ¬安楽集¼ の上を案ずるに」 とし、 私釈のはじめに 「ひそかにおもむみれば」 とある点は広本と同じであるが、 第二二行章の八蔵十二犍度の釈や第十二念仏付属章の三経説示の前後についての一節がないのは略本と同じである。 さらに、 本書上巻本首題下にある撰号は広略両本に無い。 こうしたことから、 本書は広本・略本の中間に位置するものと考えられている。
なお、 ¬選択集¼ の延書本には、 本書のほかに、 六冊本の系統がある。 宗祖加点本をもって延書にしたという奥書を有する龍谷大学蔵暦応四年本 (江戸時代初期転写) や滋賀県福田寺蔵乗専書写本 (零本)、 存覚上人が覚善に相伝したという龍谷大学蔵存覚上人相伝本などであり、 暦応本には略本系の影響が、 存覚上人本には広本系の影響が見られるといわれている。 また、 ¬存覚上人袖日記△¼ には、 ¬和字選択集¼ 西道所持本や念法房所持本についての調巻や丁数等を記されているが、 ともに本末巻をさらに三つずつに分けた六冊本であり、 冒頭には 「普通本也非広本」 と示されている。 本書は四冊本であるから、 これらとは異なる系統のものと考えられる。