1371◎纔さい解記げき

◎一　¬大だい経きょう¼ の上じょうに ｢具ぐ足そく五ご劫こう､ 思し惟ゆい摂取せっしゅ荘しょう厳ごん仏国ぶっこく清浄しょうじょう之し行ぎょう｣ といへり｡ これは世せ自じ在ざい王仏おうぶつ二に百ひゃく一いち十じゅう億おくの諸仏しょぶつの国こく土どのありさまをとき､ すなはちその相そうを現げんじたまひしに､ 法蔵ほうぞう比丘びくこれをきゝ､ これをみてのち､ そのなかに悪あくをすて善ぜんをとりて､ 願がんをおこすべき様ようを､ さまざまに思し惟ゆいし給たまいし時じ分ぶんを ｢五ご劫こう｣ ととくなり｡ たゞしこれに二義にぎあり｡ 一いち義ぎには､ ｢この五ご劫こうは思し惟ゆいのみならず修しゅ行ぎょうの時じ節せつなり｣ といふ｡ 浄じょう影よう・憬きょう興ごう等とうはこの義ぎを存ぞんぜり｡ 義ぎ寂じゃくは ｢たゞかの願がんを思し惟ゆいし成じょう就じゅする時じ節せつなり｣ (大経義記巻中) といへり｡ これは ¬経きょう¼ の説相せっそうに順じゅんぜり｡ かくのごとく思し惟ゆいして願がんをたてゝのちに､ 仏所ぶっしょにまうでゝたつるところの願がんを､ 一々いちいちにとききかせたてまつらるゝは､ すなはちいまの四し十じゅう八願はちがんなり｡ しかうしてのちに修しゅ行ぎょうしたまへる時じ分ぶんは兆ちょう載さい永劫ようごうなり｡ その義ぎをのべたるは､ 願文がんもんののちに､

｢時ときにかの比丘びくその仏ぶつの所みもと､ 諸天しょてん・魔ま・梵ぼん・龍りゅう神じん八はち部ぶ・大衆だいしゅの中なかにおいてこの弘ぐ誓ぜいを発おこしこの願がんを建たておはりて､ 一向いっこうに志こころざしをもつぱらにして妙みょう土どを荘しょう厳ごんす｡ 所修しょしゅの仏国ぶっこく､ 恢廓かいかく広大こうだいにして超勝ちょうしょう独どく妙みょうなり｡ 建こん立りゅう常じょう然ねんにして､ 衰すいなく変へんなし｡ 不可ふか思議しぎ兆ちょう載さい永劫ようごうにおいて､ 菩ぼ薩さつの无む量りょう徳とく行ぎょうを積しゃく殖じきす｣ (大経巻上)

｢時彼比丘於↢其仏所､ 諸天・魔・梵・龍神八部・大衆之中↡発↢斯弘誓↡建↢此願↡已､ 一向専↠志荘↢厳妙土↡｡ 所修仏国､ 恢廓広大超勝独妙｡ 建立常然､ 无衰无変｡ 於不可思議兆載永劫､ 積↢殖菩薩无量徳行1372↡｣

といへる､ これなり｡

一　外げ道どうについて､ 九く十じゅう六種ろくしゅともいひ､ 九く十じゅう五ご種しゅともいへり｡ ともに ¬涅ね槃はん経ぎょう¼ の説せつなり｡ まづ九く十じゅう六種ろくしゅといへるは､ 仏ぶつの在ざい世せに六ろく師しとて六人ろくにんの大だい外げ道どうあり｡ その六人ろくにんといふは､ いはゆる一いちには富ふ蘭らん那な迦か葉しょう､ 二にには末伽まか梨拘りく賖しゃ梨子りし､ 三さんには刪闍さんじゃ耶や毘羅びら胝てい子し､ 四しには阿耆あぎ多た翅し舎欽しゃきん婆羅ばら､ 五ごには迦羅から鳩駄くだ迦か旃延せんえん､ 六ろくには尼に乾けん陀だ若にゃ提だい子しなり｡ この六ろく師しいづれもみな十じゅう五ご人にんづゝの弟子でしあり｡ されば六人ろくにんの師しと十じゅう五ご人にんづゝの弟子でしをあはすれば､ 九く十じゅう六人ろくにんなり｡ これを九く十じゅう六種ろくしゅの外げ道どうといふなり｡ つぎに九く十じゅう五ご種しゅといふは､ 仏道ぶつどうの外ほかの諸道しょどうはみな外げ道どうなりといふ｡ それをこまかにかぞへば､ 九く十じゅう五ご種しゅなるべしといへり｡ されば神道しんとう・仙せん術じゅつ・医い方ほう・陰おん陽みょう・天文てんもん・卜ぼく巫ぶ等とうの諸道しょどう､ みなこのうちなるべし｡

一　浄じょう土ど宗しゅうのこゝろは､ 一心いっしんに弥陀みだを念ねんじたてまつれば､ 一切いっさいの諸仏しょぶつ念ねんぜられたまふといふいはれあり｡ ｢弥陀みだを見みたてまつれば､ 十方じっぽう一切いっさいの諸仏しょぶつをみる｣ と ¬観かん経ぎょう¼ (意) にとけるは､ この義ぎなり｡ これすなはち一切いっさいの諸仏しょぶつは､ みな弥陀みだの仏ぶっ智ちより出生しゅっしょうするがゆへなり｡

聖しょう道どうの諸しょ宗しゅうにも､ をのをの､ あるひは仏ぶつにつけ､ あるひは教きょうにつけて､ みなたつるところあり｡

いはゆる真言しんごん宗しゅうには､ 一切いっさいの諸仏しょぶつの中なか1373には､ 大日だいにち如来にょらいを本ほんとす｡ これ諸仏しょぶつは大日だいにちの等とう流る身しんなるがゆへなり｡ したがひて､ 陀羅だら尼には法身ほっしんの功く徳どくなるがゆへに､ 三密さんみつの功く力りきならでは成じょう仏ぶつせずとならふなり｡

天臺てんだい宗しゅうには､ 釈しゃ迦かをもて本ほんとす｡ ¬普ふ賢げん経ぎょう¼ に ｢釈しゃ迦か牟尼むに名みょう毘盧びる遮しゃ那な｣ ととくがゆへに､ 大日だいにちも釈しゃ迦かの異い名みょうなりといふ｡ この仏ぶつの出しゅっ世せの本ほん意いなるがゆへに､ ¬法ほっ華け¼ は諸しょ教きょうの王おうなりといふなり｡

華け厳ごん宗しゅうにも､ 釈しゃ迦かを本ほんとす｡ たゞしそれは普ふ通つうの応身おうじんにあらず､ 盧る遮那さなを教きょう主しゅとす｡ そのかたちを現げんじてときたまへる ¬華け厳ごん経ぎょう¼ は､ 頓大とんだいの教きょうなるが故ゆえに､ これ最さい頂ちょうなりといふなり｡

三論さんろん宗しゅうには､ 諸仏しょぶつみな平安へいあんなり､ 諸しょ経きょうもみな一いち理りなりといふ｡ 観門かんもんには八はっ不ぷの正しょう観かんをたつ｡ いはゆる不ふ生しょう・不ふ滅めつ・不去ふこ・不ふ来らい・不ふ一いつ・不異ふい・不ふ断だん・不ふ定じょうなり｡ これ一代いちだい聖教しょうぎょうの深奥じんおうなりといふなり｡

法相ほっそう宗しゅうには､ 唯識ゆいしきの観門かんもんをもて至し極ごくとす｡ このことはりをとけるは､ 経きょうのなかにはもはら ¬華け厳ごん¼ なり､ 論ろんにはすなはちこの深じん理りをとけるを ¬唯識ゆいしき論ろん¼ となづく｡ 唯識ゆいしきといふは､ 心しんの一法いっぽうのほかはみな妄法もうほうなり｡ 心しん性しょうの一いち理りのみ真実しんじつなりと観かんずるなり｡

律りっ宗しゅうのこゝろは､ 一切いっさいの功く徳どく､ 善根ぜんごんの中なかには戒かいを本ほんとす｡ されば戒かいはこれ仏法ぶっぽうの大だい地ちなりといへり｡ これすなはちもろもろの草木そうほんのたねあれども､ 地ちにうへざれば生長しょうちょうせず｡ 一切いっさいの功く徳どく､ 戒かいをたもたざれば､ 生長しょうちょうすることなしとな1374り｡

禅ぜん宗しゅうには､ 一切いっさいの仏法ぶっぽうは教きょうと禅ぜんとをいでず｡ しかるに諸しょ宗しゅうに談だんずる分斉ぶんざいはみな教きょうなり､ 月つきをさすゆびのごとし｡ 禅ぜんの一法いっぽうは教きょうによらずして､ みづからしるみちなり｡ たとへば､ をしふる人ひとのゆびに目めをかけずして､ 直じきに空くうなる月つきをみるべし｡ 教きょうにかゝはらずして､ われと心しん性しょうをあきらむべしといふなり｡

此三箇条､ 依乗智房望楚忽書与了｡
*康安二歳 壬寅 七月廿八日　　　　　　　　存覚 御判