0949◎教0357行信証大意
【1】 ◎▼そもそ抑 も、 高祖聖人 (*親鸞) の真実相承の勧化をきき、 その流をくまんとおもはんともがらは、 *あひかまへてこの一流の正義を心肝にいれて、 これをうかがふべし。 しかるに*近代はもつてのほか、 法義にも沙汰せざるところのをかしき名言をつかひ、 *あまつさへ*法流の実語と号して*一流をけがすあひだ、 言語道断の次第にあらずや。 よくよくこれをつつしむべし。
(なし)
-しかれば、 当流聖人 (親鸞) の一義には、 教・行・信・証といへる一段の名目をたてて一宗の*規模として、 この宗をば開かれたるところなり。 このゆゑに親0358鸞聖人、 一部六巻の書をつくりて ¬*教行信証文類¼ と号して、 くはしくこの一流の教相をあらはしたまへり。
浄土真宗の教相につきて、 真実の教・行・信・証あり。 高祖親鸞聖人、 一部の書をつくりて、 これをあかされたり。 すなはち ¬教行信証文類¼ といふ六巻のふみなり。
-しかれども、 この書あまりに*広博なるあひだ、 末代愚鈍の*下機においてその義趣をわきまへがたきによりて、 一部六巻の書をつづめ肝要をぬきいでて一巻にこれをつくりて、 すなはち ¬*浄土文類聚鈔¼ と0950なづけられたり。 この書をつねに*まなこにさへて、 一流の大綱を分別せしむべきものなり。
(なし)
-その教・行・信・証・真仏土・化身土といふは、
(なし)
第一巻には真実の教をあらはし、
第二巻には真実の行をあらはし、
第三巻には真実の信をあらはし、
第四巻には真実の証をあかし、
第五巻には真仏土をあかし、
第六巻には化身土をあかされたり。
【2】 第一に*真実の教といふは、 弥陀如来の因位・果位の0359功徳を説き、 安養浄土 ˆのˇ *依報・*正報の荘厳ををしへたる教なり。 すなはち ¬*大無量寿経¼ これなり。 総じては*三経にわたるべしといへども、 別しては ¬*大経¼ をもつて本とす。 これすなはち弥陀の四十八願を説きて、 そのなかに第十八の願をもつて衆生生因のムマルヽタネ願とし、 如来甚深の智慧海をあかして、 ▲唯仏独明了タヾブチノミヒトリアキラの仏智を説カニサトリタマヘリトのべイフナリきたまへるがゆゑなり。
【3】 第二に*真実の行といふは、 さきの教にあかすところの浄土の行なり。 これ0951すなはち南無阿弥陀仏なり。 第十七の諸仏*咨嗟の願ホメタマフナリ にあらはれたり。 この名号はもろもろの善法を摂しオサム 、 もろもろの徳本を具せソナフ り。 衆行の根本、 万善の総体なり。 これを行ずれば西方の往生を得、 これを信ずれば*無上の極証キハマレル0360をうるサトリナリ ものなり。
【4】 第三に*真実の信といふは、 上にあぐるところの南無阿弥陀仏の妙行を真実報土の真因なりと信ずる真実の心なり。 第十八の至心信楽の願のこころなり。 これを▲選択回向の直心とナホキコヽロもいひ、 ▲利他深広のフカクヒロキ信楽ともなづけ、 ▲光明摂オサメ護のマモル 一心とも釈し、 ▲証大涅槃の真因とマコトノタネも判ぜられたり。 これすなはち*まめやかに真実の報土にいたることは、 この一心によるとしるべし。
【5】 第四に*真実の証といふは、 さきの行信によりてうるところの果、 ひらくところのさとりなり。 これすなはち第十一の必至滅度の願にこたへてうるところの妙悟なタヘナルサトリり。 ▲これを常楽ともいひ、 †寂滅ともいひ、 涅槃ともいひ、 法身ともいひ、 実相ともいひ、 法性ともいひ、 真如ともいひ、 一如ともいへる、 みなこのさとり0361をうる名なり。
-もろもろの聖道門の諸教のこころは、 この*父母所生チヽハヽノウミタルの身をもつてコノミナガラトイフナリ 、 かのふかきさとりをここにてひらかんとねがふなり。 いま0952浄土門のこころは、 弥陀の仏智に乗じて法性の土にいたりぬれば、 自然にこのさとりにかなふといふなり。 此土の得道と他土の得生と異なりといへども、 うるところのさとりはただひとつなりとしるべし。 されば往生といへるも、 実には*無生なり。 この無生のことわりをば、 安養にいたりてさとるべし。 その位をさして真実の証といふなり。
【6】 第五に真仏土といふは、 まことの身土なり。 すなはち報仏・報土なり。 仏といふは不可思議光如来、 土0362といふは無量光明土なりといへり。 これすなはち第十二・第十三の光明・寿命の願にこたへてうるところの身土なり。 諸仏の*本師はこれこの仏なり。 真実の報身はすなはちこの体なり。
【7】 第六に化身土といふは、 化身・化土なり。 仏といふは、 ¬*観経¼ の*真身観に説くところの身なり。 土といふは、 ¬*菩薩処胎経¼ に説くところの懈慢界、 また ¬大経¼ に説ける疑城胎宮なりとみえたり。 これすなはち第十九の修諸功徳の願より出でたり。
-ただし*うちまかせたる教義には、 ¬観経¼ の真身観の仏をもつて真実の報身とす。 和尚 (善導) の釈 (*定善義)、 すなはちこのこころをあかせり。 真身観といへる名あきらかなり。 しかるにこれをもつて化身0953と判ぜられたる、 *常途の教相にあらず。
-これをこころうるに、 ¬観経¼ の十三観は定散二善のなかの定善なり。 かの0363定善のなかに説くところの真身観なるがゆゑに、 かれは観門の所見グワンノチカラニヨリにつきてテミタテマツルタあかすイナリトイフとナリころの身なるがゆゑに、 弘願に乗じ、 仏智を信ずる機の感見すべき身に対するとき、 かの身はなほ方便の身なるべし。 すなはち▲六十万億の身量をさして分限をあかせる真実の身にあらざる義をあらはせり。
-これによりて聖人 (親鸞)、 この身をもつて化身と判じたまへるなり。 土は懈慢界といひ、 また疑城胎宮といへる、 そのこころを得やすし。 ふかく*罪福を信じ、 善本を修習して、 不思議の仏智を*決了せず、 疑をいだける行者の生るるところなるがゆゑに、 真実の報土にはあらず。 これをもつて化土となづけたるなり。 これわが聖人のひとりあかしたまへる教相なり。 0364たやすく口外に出すべからず。 くはしくかの一部の文相にむかひて、 一流の深義をうべきなり。
【8】 さればこの教・行・信・証・真仏土・化身土の教相は、 聖人の*己証、 当流の肝要なり。 他人に対して、 たやすくこれを談ずべからざるものなり。 あなかしこ、 あなかしこ。
(なし)
0954*文明九年丁酉十月二十七日巳剋に至りてこれを清書せしめをはりぬ。
六十三歳 在御判
みなひとのまことののりをしらぬゆゑ ふでとこころをつくしこそすれ
*本にいはく
本云
つつしんで ¬教行証文類¼ の意によりてこれを記す。 けだし*願主の所望によるなり。 時に*嘉暦三歳戊辰十一月二十八日、 今日は高祖聖人 (親鸞) の御遷化の*忌辰なり。 短慮するに、 これをもつて報恩の勤めに擬せしむ。 賢才、 これを披きて誹謗の詞を加ふることなかれ。 あなかしこ、 あなかしこ。
謹依教行証文類意記之。 蓋依願主之所望也。 于時嘉暦三歳戊辰十一月廿八日、 今日者高祖聖人御遷化之忌辰也。 短慮、 以此令擬報恩之勤。 賢才、 披之莫加誹謗之詞。 穴賢、 穴賢。
外見に及ぶべからざるものなり。 かつは*稟教の趣、 わが流において秘せんがため、 かつは破法の罪、 他人において恐れんがためなり。
不可及外見者也。 且為秘稟教義趣於吾流、 且為恐破法罪於他人也。
釈*蓮如
釈蓮如
右斯書者、 先師存覚所集給を、 或略或加詞者0365也。 顕露不可披露之、 一身之上為覚悟計者也。 延徳元年十月廿日
七十五歳御判
底本は◎
真宗法要所収本。 浄聖全の底本は上段○
大阪府真宗寺蔵室町時代末期書写本、 下段(教行信証名義)●
本派本願寺蔵蓮如上人書写本ˇ。 ○により本来仮名表記である語を青の点下線で、 逆に本来漢字である語は下に細字で添えて示した。 さらに●で文言が異なる段落はその内容を、また記述のない段落に対しては (なし) と、 別に茶字で収録し、 左訓をすべて拾っておいた。
法流の実語 浄土真宗の真実の言葉。
一流をけがすあひだ 浄土真宗の教えをけがしているのは。
規模 ここでは教相 (教義体系) の意。
広博なるあひだ (内容が) ひろいので。
まなこにさへて 拝見し、 心にとどめて。
無上の極証 この上ない仏の証果 (さとり)。
寂滅ともいひ ◎○ともになし。 ●による。
父母所生の身… ¬発菩提心論¼ の 「父母所生の身にてすみやかに大覚位に証す」 という言葉をうけたもの。
うちまかせたる教義 ありふれた一般の教義。 ここでは親鸞聖人の一流以外の一般的な浄土教を指す。
常途の教相 親鸞聖人の一流以外の一般的な浄土教の教義。
罪福を信じ… 自業自得の因果のみを信じて、 善悪を超えた阿弥陀仏の本願力の救いを信じないことをいう。
本にいはく 「本」 とは書写原本のこと。 原本にあった奥書をそのまま転写したことを示す。