0687◎▲蓮如上人御物語次第
◎蓮如上人のおりおり御物語候ひつる御金言どもを、 蓮悟御讃嘆の時おほせいだされ候を、 御きゝがきに数下条おんいり候ところに、 のぞみのよし候あひだ、 ぬきがきに少々うつしさふらひまひらせ候。 われらいかやうになり候とも、 是を御らんじて、 いよいよ御文のごとく心中御たしないあるべく候。
(1)
一 ▲蓮如上人おほせられ候。 なにたることをきこしめしても、 御心にはゆめゆめかなはざるなり。
(2)
一 ▲ひとりなりともひとの信をとりたることを、 きこしめしたきとおほせられ候。 御一生は、 ひとに信をとらせたくおほせられさふらふ。
(3)
一 ▲おなじくおほせられ候。 仏法をばさしよせていへいへとおほせられ候。 法敬に対しおほせられさふらふ。 信心・安心と云は、 愚痴のひとはまたくしらぬなり。 信心・安心といへば、 別のやうにもおもへり。 たゞ凡夫のほとけになることをおもふべし。 たゞ後生たすけたまへと弥陀をたのめばと云べし。 いかなる愚痴の衆生も、 聞信をとるべし。 当流にはこれよりほかの法門はなきなりとおほせられ候。 ¬安心決定鈔¼ (巻本) にいはく、 「浄土の法門は第十八の願をよくよく心うるほかにはなきな0688り」 とおほせられ候。 しかれば 「御文」 (五帖一) には 「一心一向に仏たすけたまへとまふさん衆生をば、 たとひ罪業は深重なりとも、 かならず弥陀如来はすくひましますべし。 是すなはち第十八の念仏往生の誓願の心也」 とおほせられさふらふ。
(4)
一 ▲信のうへは、 たふとくおもひて申す念仏も、 仏恩にそなはるなり。 他宗には、 親のためまたなにのためなどゝいひて念仏をつかふなり。 聖人の御一流には、 弥陀をたのむが念仏也。 其うへの称名は、 なにともあれ仏恩になる物也とおほせられ候。
▲仏恩仏恩の称名は退転あるまじきことなり。 あるひはこゝろよりたふとくありがたくぞんずるをば、 仏恩とおもふべし。 たゞ念仏まふされ候をば、 それほどにおもはざること、 おほきなるあやまりなり。 自念仏のまふされ候こそ、 仏智の御もよほし、 仏恩の称名なれとおほせられ候。
(5)
一 ▲おりおりおほせられ候。 たゞ仏法の儀をばよくよくひとにとへ。 ものをばひとによくとひまふせとおほせられ候。 たれにとひまふすべきとうかゞひ申ければ、 仏法だにもあらば、 上下をいはずとふべし。 仏法はしりさふもなきものがしるぞとおほせられさふらふ。
(6)
一 ▲ひとはあがりあがりておちばをしらぬなり。 たゞつゝしみて不断そらおそろしきことゝ、 毎事につけて心をもつべきよしおほせられ候。
(7)
一 ▲一心とは、 弥陀をたのめば如来の仏心とひとつになしたまふがゆへに、 一心なりといへり。
(8)
一 ▲同行・善知識にはよくよくちかづくべし。 「親近せざれば雑修の失なり」 と ¬礼讃¼ (意) にあらはせり。 あし0689きものにちかづけば、 それにはならじと思ども、 あしきことときどきにあり。 たゞ仏法者にはなれちかづくべしとおほせられ候。 ぞくてんにいはく、 「そのひとの心をしらんとおもはゞ、 そのともをみよ」 といへり。 「善人のかたきとはなるとも、 悪人の友となることなかれ」 となり。
(9)
一 ▲「きればいよいよかたく、 あふげばいよいよたかし」 (論語意) と云ことあり。 物をきりてみて、 かたしとしるなり。 本願を信じて殊勝なるほどもしるなり。 信心おこりぬれば、 たふとく思よろこびも、 いやましになるなりとおほせられ候。
(10)
一 ▲「蓮花のうへに座せぬあひだ、 あんどのおもひあるべからず」 (和語灯巻五意) と、 黒谷の聖人の御言にも有。 水鳥もうへはたのしむやうなれども、 あしをば油断なくはたらかすなり。 信のうへはいよいよ讃談・談合を仏法の恵命とおほせられ候。
(11)
▲同行のまへにてはよろこぶなり、 名門なり。 信のうへはひとり居てよろこぶ法なり。
▲仏法のかたへは世間のひまをかきて法をきくべし。 ひまをあけて聞べきやうに思こと、 あやまり也。 仏法にはあらずと云ことはあるまじきこと也。 「たとひ大千界に みてらん火をもすぎゆきて 仏のみなをきくひとは ながく不退にかなふなり」 と、 ¬和讃¼ (浄土和讃) にもあそばされさふらふ。
0690(12)
一 ▲くちとはたらきは、 じするものなり。 こゝろねになりがたきものなり。 がいぶん、 心のかたをたしなみ申べきよし、 おほせられさふらふ。
(13)
一 ▲一句一言を聴聞するにも、 えてに法をきく也。 たゞよく心中のとほり同行にあひて談合すべきことなり。
(14)
一 ▲念仏申も、 人の名聞げにおもはれ候はんとおもひてたしなむが大義なるよし、 あるひとまふされ候。 つねのひとの心中にかはり候との義にさふらふ。
(15)
一 ▲御冠落のうちに、 慶聞坊におほせられ候。 ものをよめと御意候ところに、 「御文」 をよみまふすべきかとまふされ候。 三通を二返づゝよませられ候。 わがつくりたるものなれども、 殊勝なることよとおほせられさふらふ。
(16)
一 ▲「御文」 をば如来の御直説と存ずべきよし候。 かたちをみれば法然かと、 ことばをきけば弥陀の直説といへり。
(17)
一 ▲法敬坊まふされ候。 つねにはわがまへにはいはずして、 かげにうしろごとをいふとして腹立すること也。 われはさやうには存ぜず候。 わがまへにて申にくゝは、 かげにてなりともわがわろきことをまふされよ。 きゝて心中をなをすべきよしまふされ候。
(18)
一 ▲とをきはちかき道理、 ちかきはとをき道理なり。 「とうだいもとくらし」 と、 仏法を不断聴聞まふすみは、 御用をあひきて、 いつもごとゝおもひて、 法義に仏0691法にうとく候て、 おろそかなり。 とをとをの人は、 きゝたく大切にもとむるこゝろあるなり。 仏法は大切にもとむるこゝろよりきくものなり。
(19)
一 ▲ひとつことをきゝて、 いつもめづらしくはじめたるやうに、 信のうへにはあるべきなり。 たゞひとごとにめづらしきこと、 いくたび聴聞まふせども、 めづらしくはじめたるやうにあるべくさふらふ。
(20)
一 ▲御法談の已後、 四、 五人の兄弟さまへおほせられ候。 四、 五人の衆よりあひ候て、 談合あるべきよしをほせられさふらふ。
(21)
一 ▲ひとの仏法を信じてわれによろこばせんとをもへり。 それはわろし。 信をまことにとるならば、 恩にも御うけあるべきよしさふらふ。
(22)
一 ▲まことに一人なりとも信をとるべきならば、 身命をすてよ。 それはすたらぬとおほせられ候。
(23)
一 ▲有時おほせられ候。 御門徒の心へをなをすべきときこしめして、 老のしわをのべばやとおほせられ候。
(24)
一 ▲御門徒衆御たづね候。 そなたの坊主、 心◗のなをりたるをうれしくぞんずるかと御たづね候へば、 まふされ候。 まことにこゝろえをなをされ、 法義をこゝろにかけられ候。 一段ありがたく存知候よしまふされ候。 其時われはなをうれしく思よとおほせられ候。
0692(25)
一 ▲時節到来といふことは、 用心をもし其上にことのいでき候こそ、 時節到来とはいふべし。 不断用心をもせずしてことのいでき候を、 時節到来といふはいはれぬことなり。 聴聞をこゝろがけてのうへの宿善・無宿善ともいふなり。 たゞ信心はきくにきはまるよし御意しゅらふ。
(26)
一 ▲法敬坊にたいし、 まきたてといふものしりたるかとおほせられ候ところに、 法敬まふされさふらふ。 まきたてとまふし、 一度まきて手をさゝぬ物よとまふされ候。 それよ、 まきたてがわろきなり。 ひとびとになをされまじきと思心也。 心中をば申しいだしてひとになをされ候はでは、 心えのなをるといふことあるべからず。 まきたては信をとることあるべからずとおほせられ候。
▲なにとしてひとになをされ候やうに心中をもつべし。 わが心中をば同行のなかへうちいだしておくべし。 ひとしりたるひとのいふことをかならず腹立するなり。 あさましきことなり。 たゞひとにいはるゝやう心中をばもつべきよしの義に候。
(27)
一 ▲実如上人おほせられ候。 上下老若によらず、 後生は油断にてし損ずべきよしおほせられ候。
(28)
一 ▲蓮如上人御目をふさがせられ、 あゝ、 とおほせられ候。 さだめて御口中御わづらひゆへみなみな存知候ところに、 やゝありておほせられ候。 ひとの信のなきことをおぼしめし候へば、 身をきりさくやうにかなしきよとおほせられさふらふ。
(29)
一 ▲万事信なきによりてあしきなり。 善知識のわろしとおほせさふらふ、 信のなきことをくせごとゝおほ0693せられさふらふ。
(30)
一 ▲同行よりあひ候ときは、 たがひにものをいへいへとおほせられ候。 ものをまふさぬものはをそろしきとおほせられ候。 ものをまふせば心中もきこへ、 またひとにもなをさるゝなり。 たゞものをまふせとおほせられさふらふ。
(31)
一 ▲蓮如上人おほせられ候。 一向に不信のよし申すひとはよく候。 ことばにて安心のとほりまふして、 くちにはおなじごとくにて、 まぎれてむなしくなるべきことをかなしくおぼしめし候よしおほせられさふらふなり。
(32)
一 ▲蓮如上人へ法敬まふされ候。 あそばされさふらふ御名号かけ申し候が、 六体の仏に御なりさふらふ。 不思議なるとまふされ候へば、 そのときおほせられ候。 それは不思議にてもなき也。 仏の仏に御なり候は不思議にてもなきなり。 悪凡夫の弥陀をたのむ一念にて仏になるこそ不思議よとおほせられさふらふなり。
(33)
一 ▲仏法には无我とおほせられ候。 われとおもふことはいさゝかあるまじきなり。 われはわろしとおもふひとなし。 これ聖人の御罰なりと御ことばに候。 他力の御すゝめにて候。 ゆめゆめわれといふことはあるまじく候。 无我といふことは、 前住上人もたびたびおほせられさふらふ。
0694(34)
一 ▲前々住上人おほせられ候。 前より御相続の義は別義なきなり。 たゞ弥陀たのむ一念の義よりほかは別義なく候。 これよりほか御存知なくさふらふ。 いかやうの御誓言もあるべきよしおほせられさふらふ。
(35)
一 ▲当流には、 総体、 世間機わろし。 仏法のうへよりなにごともあひはたらくべきこと肝要なるよしおほせられ候。
(36)
一 ▲同おほせられ候。 世間におひて時宜しかるべき人なりとも、 信なくはこゝろおくべきなり。 たよりにもならずなりけるやう、 かた目つぶれ腰をひき候やうなるものなりとも、 信心あらんひとをばたのもしくおもふべきなりとおほせられ候。
(37)
一 ▲蓮如上人おほせられ候。仏法のうへには、 毎事につけてそらをそろしきことゝ存知、 たゞよろづにつけてあるまじきことゝ存知候へのよし、 おりおり御意なされ候。 仏法のことはいそげいそげとおほせられさふらふ。
(38)
一 ▲総体、 ひとにはおとるまじきとおもふこゝろ有。 此心にて世間には无我にて候うへは、 ひとにまけて信をとるべきなり。 理をことはりて我をさるこそ、 仏の御慈悲よとおほせられ候。
(39)
一 ▲蓮如上人、 兼縁にたいせられおほせられ候。 たとひ木のかはをきるいろめなりとも、 なわびそ。 弥陀をたのむ一念をよろこぶべきよしおほせられ候。
(40)
一 ▲蓮如上人おほせられ候。 「かむとはしるとも、 のむとはしらすな」 と云ことなり。 妻子を帯し魚鳥を服し、 罪障の身なりといひて、 さのみおもひのままにはあるまじきよしおほせられ候。
(41)
一 ▲朝夕、 如来・上人の御用にて候あひだ、 冥加のかたをふかく存ずべきよし、 蓮如上人おほせられ候。
底本は奈良県個人蔵江戸時代書写四十一箇条本。