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ちかごろの事にてやありけん。 こゝに越中国赤尾の浄徳といふしものゝをいに、 弥七といゝしをとこありけるが、 年はいまだにたらざりしものなりけるが、 後生を大事と思て、 仏法に心をかけたるものなり。 然れば此六年のさきより当年まで、 毎年に上洛せしめて其内に年をとる事六年なり。 かの男のいはく、 当流の安心のやう、 かたのごとく聴聞仕り候といへども、 国へくだりて人をすゝめけるに、 さらに人々承引せざるあひだ、 一筆安心のをもむきをふみにしるしてたまはるべき由しきりに所望せしめて、 田舎へまかりくだりて人々にまふしきかしめんと申すあひだ、 これをかきくだすものなり。 夫当流の安心と申すはなにのわづらひも0437なく、 もろもろの雑行をなげすてゝ、 一心に弥陀如来後生御たすけ候へとまふさん人々は、 たとへば十人も百人も、 ことごとく浄土に往生すべき事さらにうたがひあるべからざるものなり。 これを当流の安心とは申すなり。 このおもむきをとかくさまたげんものはあさましきことなりとおもふべきものなり。 あなかしこ、 あなかしこ。

*明応五年後二月廿八日

(花押)