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*文明十八年三月八日出口より境の浜へ出で、 それより七里ばかりある和泉国かいしやう寺といふ所へ、 さかひより舟にのりて一宿し、 あくれば九日といふに、 あさたちて、 かい寺といふ池のある宮あり、 それを一見しけるに、 無是非おもしろさかぎりなし。 その池のていを見て、

いづみなる したての池を 見るからに 0430心すみぬる かい寺の宮

-と打ながめゆくほどに、 紀伊国長尾といひし所へたちよるべきにてありし程に、

-そのあたりちかき所に、 河なべとかやいひし河水とをくながれければ、 それを見てかく思つゞけけり。

河なべの 瀬々の波もや 水たかく とをくながれて ながをなりけり

-と思つらね侍し。 誠心もおかしく思ながらつゞけけり。 然間長尾の権守といひし俗人の在所へ立寄やすみて、 それより又岩瀬といふ所へ一夜とまりゆきて、 あくれば十日なる。

-いそぎゆく程に、 なるかみといふ山をみて、 それより田じり浜をとをり、 御かぐらたうげへのぼり、 それを一見して心にうかむまゝ、

かけて見ん 御かぐら山の たうげ哉

-と心のうちにおもひ、 又その道すがら装束松とて、 松もと四、 五本だちにてありけるをみて、

きてみれば 装束松の 御前哉

-と思つゞけて、 其より歩ゆくまゝに、 程なくはやきひゐ寺へまひり、 法施礼拝をいたして下向道におもむき、 ゆらりゆらりとやすらひゆくほどに、 黒石浜と云所へ出にけり。

-それより舟にのりて清水の浦をながめこぎゆきければ、 中々心も詞もおよばれぬおもしろき事きはまりなし。 されば余の事にかくぞつらねけり。

音に聞 清水浦に 舟にのり 岩間がくれに 見ゆる島々

-と詠じて、 しばらく舟の内にてながめければ、 やうやう時もうつりぬればとて、

-それより坂十八町ばかりあがり、 藤白たうげへぞのぼり、 四方のけしきを見わたせば、 心も心ならずをもしろかりければ、 心の内にかくぞ思つゞけける。

藤白の 島や小島を ながむれば たゞ布引の しろきはま松

-と0431かやうにながめ、 蹔ありてやすみける程に、 日もやうやう西の山葉間ぢかくみえければ、 さてしもあるべきならねば、 のこりおほく心たらずに思へども、 はや清水浦今又かへりくだりける。

-思外に此所に一宿す。 されば其夜又如此つゞけゝり。

此島に 名残をおしみ 又かへり 月もろともに あかす春のよ

-さる程に十一日は早旦に清水浦を出ぬれば、 名残は猶ある心地にて思つゞけゝる。

わきいづる 清水浦を けさははや ながめてかへる 跡の恋しさ

といひすてゝ、 はるばる見をくり、 道すがらも思出にけり。

-然間やうやういそぐまゝに、 音にきくふけゐの浦といふ所につき侍りき。 これに一宿して、 其夜はいまだ八声の鳥の音もきかぬよりさきよりねぶりさめて、 舟にのるべき心地にてありしほどに、 又すてがてらにかやうにぞ。

いづみなる ふけゐの浦の 浪風に 舟こぎいづる 旅のあさだち

-とうちながめ、 海上はるかにこぎわたり、 ほどなくさかひの浜につきにけり。

文明十八 三月十四日記之