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▼*文明拾五年八月廿九日、 為湯治摂州有馬郡に下向す。 在所は雍州宇治郡山科之内野村之里を早旦に出、 勤修寺・おぐるすを打ながめ、 石田をとをり、 こわ田之地蔵堂を打おがみ、 よど船をこぎよせて、 うちのり行程に、 おりふし河波静にして、 伏見山をながめゆく間、 広瀬之里にぞ船をよせて其よりあがり、 いそぎゆく程に、 摂津国上郡御料所之富田と云所に下著す。 則此在所に一宿して、 あくれば晦日なれば、 いそぎ有馬郡湯山へとぞ志す。
-其道すがらをいへば、 中城総持寺と云て、 米たけの観音のまします寺を右に見て、 其より大田河原之末を渡りゆき、 ぬかつかのこしをとをり福井ガ城を右にみ、 同く宿井ガ城も右にみ、 則宿井河原をうちすぎて、 又池田がたちも右にみていそぎ行程に、 石田の茶屋をとをりしかば、 是や昔より聞します田之池とかや是也と、 うちながめしかば、 心ろ一に一首ばかりぞつらねけり。
▼音に聞 ます田の池を いま見れば つゝみのかたち それとのみしる
とかやうに思つゞけて行程に、 いつのまにかはいな河と云所につきて、 是にてすこしやすみ、 やがて舞谷と云在所をとをり、 いそぐとすれば、 はや程もなく大たゞ河原を打すぎて、 なま瀬の渡をして、 船板と云所へつきければ、 是よりは湯山へ一里とかやきけば、 うれしくてあゆみゆく程に、 はや湯山もちかくなりて、 岩坂にうちかゝり、
-やがて七坂八たうげをこえすぎて、 有馬之こほり湯山之御所坊と云ふ宿へぞ下著し侍べるとて、 かくぞつゞけゝり。
▼岩坂や 七坂八たうげ こえすぎて ありまの山の 湯にぞつきけり
又云、
▼さかこえて ゑにし有馬の 湯舟には 0411けふぞはじめて 入ぞうれしき
-と打詠じて、 やがて湯つぼに入て、 近比の湯也と感ぜざりし人はなし。 さて其夜は我も人も、 道すがらの山坂をこえしいはれによりて、 くたびれて前後不覚にして臥りけり。
-さる程にあくれば又湯に入て後、 余に此宿の前にかけひの水又ほそ谷川之水のおつるおと、 事外にかしましきあひだ、 其夜之五の時分に加様につゞけゝり。
▼ふる雨に にたるとおもふ 湯山の をとかしましき やどの谷川
-さる程に今日やあすと思へども、 初七日之湯もすぎゆけば、
-余の徒然さに、 古へ此湯山へ入し事を思出すにつきて、 口ずさみけり。
▼年をへて 又ゆの山に 入身こそ 薬師如来に ゑにしふかけれ
▼老の身の 命いまゝで ありま山 又湯に入らん 事もかたしや
如此日をふる間、 去ぬる廿余年になりし時、 かま倉谷を久く見ざりしほどに、 思立九月四日に一見せしに、 あまりに彼在所おもしろかりしまゝに、 かへるさにかやうに、
▼ゆの山を いづるけしきの 道すがら かまくら谷の をもしろきかな
-と思つゞけて、 やがて湯に入しかば、 其夜はくたびれてみなみなふせりあひけり。 又あくれば雨が一日中ふりこめられて、 もうもうとしてこそくらしけり。
-されども五日八日は天気事外よかりしかば、 今日は幸に薬師の縁日なればとて、 薬師堂へまひり、 同く坊へゆきて0412寺之縁起を所望して聴聞し侍べりぬ。
-さてあくれば九月九日之櫛句なれば、 又薬師堂に女体権現へもまひりて、 其かへさに菩提院と云寺へゆきて、 坊主と雑談しければ、 茶なんどをけたみけり。
-又十一日には同く薬師堂へまひり、 寺へゆきて、 院主に対面して種々之昔物語のみにてかへりぬ。 やがて湯に入、 其まゝやすみ侍ぬ。
-さる程に十三日は二七日に相当るあひだ、 上洛之用意のみにて、 此間之湯治中之名残さよなんど申合て、 明日十三日には早朝に湯山を出ける時に、 心の内に加様に案じけり。
▼日数へて 湯にやしるしの 有馬山 やまひもなをり かへる旅人
-と打詠じて、 湯山御所坊之宿をたちぬ。
-さるほどに已然之ごとく七坂八たうげこえすぎて、 船坂と云所をとをりければ、 四方之山々もはや木ずえの紅葉もところどころは色づきて、 谷ごえに見へゆる山、 もともおもしろく見へけり。 おりふし時雨一とほりふりければ、 これよりいそぎまゐ谷と云山家へゆきて一宿して、 あくれば同十四日の早朝に米谷をたちて、 はるばるとある松原をふみわけ行程に、 音にきゝしゐとり野と云所をとをりすぎゆきければ、 小屋野々寺も程ちかく見わたせば、 つゝみのきわに小屋の池のはたをとをり、 打ながめゆくほどに、 尼がさきをばとをく右にみおくりてゆくまゝに、 つか口と云ふたかき所に輿をたて、 遠見しけるほどに、 あまりのおもしろさにしばらく休息しけり。
-それよりしてゆくほどに、 さか郡若王寺をとをり、 天楽づゝみを打ながめゆくほどに、 かんざきの渡をして、 其舟に屋形舟をこしらへて、 数盃の興のみにてあそびしかば、 いつとなくくらはしと云所ちかく舟をこぎのぼせつゝ、 みぎわをのりてゆくほどに、 中島之内賀島と云所へつきて、 其れにて一宿して、 あくる朝たちて、 同島之内三葉と云所へたちよりて、 其より0413江口の渡をして、 からさきと云所へゆきて、 其より舟にのりて出口へつきけり。
-さるほどに出口に中一日逗留して、 同十七日には早朝に出口たちて、 からさきの渡をして、 かぶり大つかへゆきて、 其より船をこしらへてのりてのぼりぬ。
-船中にて四方之山々を見めぐりて、 いひすてなんどにてこぎゆくほどに、 伏見ちかくなりぬれば、 山科よりむかへとて人数あまた見へければ、 ちからづきていそぎ舟をこぎよせ、 其よりいそぎ山科の本坊へ上洛し侍りぬ。
文明十五年九月十七日