本書は、 比叡山が専修念仏の停止を求めた批難に対して、 源空 (法然) 聖人が教団内の門弟に自制を求めるために制作されたものであり、 諸宗と浄土宗の関係を知る上で重要な資料である。
本書は、 まず七ヶ条からなる条文と違反者に対する厳しい訓誡が示され、 その後に 「元久元年十一月七日沙門源空/(花押)」 と、 日付と源空聖人の署名及び花押がある。 続いて190名にもおよぶ門弟の署名がある。
本書の内容は、 第一条では、 天台や真言の教えを否定し、 阿弥陀仏以外の仏・菩薩を謗ることを誡めている。 第二条では、 無智の身でありながら、 有智の人と好んで論争することを誡めている。 第三条では、 別解別行の人に対して、 強引にその行を捨てさせることを誡めている。 第四条では、 念仏門においては戒行がないため専ら淫酒肉食を勧めたり、 造悪を恐れることはないと説いたりすることを誡めている。 第五条では、 聖教や師説に無い私議を述べ、 論争を企てて混乱させることを誡めている。 第六条では、 正法を知らない者が、 邪法を説いて人々を教化することを誡めている。 第七条では、 邪法を正法として説き、 偽って師説と称することを誡めている。 これらの誡めは、 比叡山からの専修念仏門への批判を避けるべく、 門弟に厳守することを促したものである。
本書の原本は、 京都府二尊院蔵本とされている。 その本文は、 源空聖人の法語・伝記・消息・行状などを収めた収成本や数多くの源空聖人伝に収載されており、 早くから重要視されてきたことが知られる。 主な集成本としては宗祖真筆の ¬西方指南抄¼ 中末や了恵道光編 ¬漢語灯録¼ 第十巻に収録されたものがある。 二尊院蔵本と ¬西方指南抄¼ 所収本・¬漢語灯録¼ 所収本とを比較すれば、 本文はほとんど同じであるにもかかわらず、 字句に出没異同があり、 訓点の付し方にも相違が認められる。 また署名の人数に大きな開きが見られることから、 この両本は共に二尊院本に依りながら、 それぞれ別に書写され伝承されたものであり、 結果的にそれぞれの特色を持つに至ったと考えられている。
また、 源空聖人の伝記としては ¬本朝祖師伝記絵詞¼ (四巻伝) 第二巻・¬法然上人伝法絵¼ 下巻・¬正念聖人絵¼ (弘願本) 第三巻・¬拾遺古徳伝絵詞¼ 第六巻・¬法然上人伝記¼ (九巻伝) 第五巻上・¬法然上人行状絵図¼ (四十八巻伝) 第三十一巻・¬法然上人伝¼ (十巻伝) 第六巻などに収録されている。 これらは漢文体のものと和語体のものとの二種があり、 文章にも精粗の別が見られ、 署名の門弟の数にも種々の異同が存する。 またこれらの各種の源空聖人伝は、 内容的に見て ¬西方指南抄¼ 所収の影響を受けたものと、 ¬漢語灯録¼ 所収の影響を受けたものとの二系統に絞られるとされる。
また、 本書の題目については、 二尊院蔵本や ¬西方指南抄¼ には見られないが、 ¬漢語灯録¼ 第十巻では 「七箇条起請文」、 ¬拾遺古徳伝絵詞¼ では 「七箇条の起請文」、 ¬法然上人伝記¼ (九巻伝) では 「七箇条起請」 とあり、 一般に 「七箇条起請文」 と称されてきたことがうかがえる。 起請文とは、 発起した事柄、 自身の行為・言説が、 虚偽なく永く守られることを神仏に誓約するとともに、 これを相手方に表明し、 もし偽りならば罰を受けるとする誓約文書であり、 誓約内容を記した前書と、 神仏の罰を受ける旨を記した神文・罰文からなる。 特に鎌倉時代から、 室町、 戦国時代にかけて中世に多く用いられるようになったといわれている。 しかし本書には、 神文・罰文に相当するものがなく、 古文書学的には起請文とするよりは、 むしろ門弟の自開誡を促す内容であることから、 「七箇条制誡」 と称するのが適切であると指摘されている。
本書の成立については、 奥書に 「元久元年十一月七日沙門源空/(花押)」 とあり、 元久元 (1204) 年十一月の成立である。 二尊院蔵本ではその左一列に、 本書の起草にかかわったとされる信空を先頭に、 190名の門弟が三日間にわたって連署している。 二尊院蔵本が元久元年に書かれた原本とされる理由は、 「沙門源空」 の四字の署名については源空聖人の自筆とは認め難いが、 その左傍の花押は源空聖人の自筆とされていることが挙げられる。 また、 門弟の署名の筆跡が一定していないことや、 紙毎で署名の高さが異なることから、 一紙毎に署名を求め、 集まった後に紙を貼りついだ原本であると見られている。 さらに本書は当初二部制作され、 一部を比叡山に提出し、 手元に残った控えが二尊院蔵本ではないかとも推定されている。
なお、 底本のほぼ忠実な書写本として、 天文二十三 (1554) 年、 三条西公条 (仍覚) によって書写された京都府永観堂禅林寺蔵本が知られるが、 訓点については、 書写時に新たに付されたものとされている。