本抄は、 源空 (法然) 聖人の法語、 伝記、 消息、 行状などを集成したものである。 題号は ¬選択集¼ 後述の 「静以、 善導 ¬観経疏¼ 者是西方指南、 行者目足也」 において、 善導大師の ¬観経疏¼ を指して 「西方指南」 とされたことに依るといわれている。
 本抄の構成は、 上・中・下の各巻をそれぞれ本・末に分冊した三巻六冊で、 その内容は(1)法然聖人御説法事、 (2)建保四年公胤夢告、 (3)三昧発得記、 (4)法然聖人御夢想記、 (5)十八条法語、 (6)法然聖人臨終行儀、 (7)聖人御事諸人夢記、 (8)七箇条起請文、 (9)起請没後二箇条事、 (10)源空聖人私日記、 (11)決定往生三機行相、 (12)鎌倉二品比丘尼への御返事、 (13)本願体用事(四箇条問答)、 (14)上野大胡太郎実秀の妻への御返事、 (15)上野大胡太郎実秀への御返事、 (16)正如房への御消息、 (17)故聖人の御坊の御消息(光明房宛)、 (18)基親取信信本願之様、 (19)基親上書・法然上人御返事、 (20)或人念仏之不審聖人奉問次第(十一箇条問答)、 (21)浄土宗大意、 (22)四種往生事、 (23)法語(黒田聖への書)、 (24)法語(念仏大意)、 (25)九条殿北政所への御返事、 (26)熊谷入道への御返事、 (27)要義十三問答、 (28)武蔵津戸三郎への御返事、 の二十八篇からなる。 とくに(5)(10)(11)(13)(21)(22)の六篇は本抄のみにしか伝わらず、 源空上人に関する原資料として貴重である。 そのうち(21)などは、 解説とみられる内容が宗祖の御消息にあり、 宗祖自身の聞書であった可能性も指摘されている。 さらには、 醍醐本 ¬法然聖人伝記¼ や ¬黒谷上人語灯録¼ などと共通する内容が多く、 その関係性も注目される。
 本抄の成立については、 大別して宗祖自らが編集した説と先行するものを転写した説との二説がある。 編集説は、 本抄では、 源空上人の敬称が 「上人」 ではなく 「聖人」 であり、 また、 本文に大幅な取捨選択や加筆訂正の跡が見られ、 調巻が操作されている、 など宗祖独特の筆格がうかがわれる点から主張される。 転写説は、 宗祖真筆本の内題である 「西方指南抄上[本]」 の 「上」 は 「曰」 とあったのを抹消して上書訂正している点に注目する。 この訂正前の文字について異なる見解もあるが、 直弟本でも 「曰」 の訂正とみられ、 「西方指南抄曰」 とあったのなら内題というよりも引用書名を示したものと考えられ、 真筆本に先行する ¬西方指南抄¼ の存在が主張される。 また他にも宗祖の指示により本抄制作の元になる原資料を蒐集させ、 仮に 「西方指南抄」 と名付けられた書があって、 それに調巻の操作や加筆訂正がなされたのではないかという両説の折衷的な見解などがある。 しかし、 いずれの説とも定めがたく、 今後の研究が待たれる。
 本抄の成立年代については、 先述のように宗祖の編集・転写の両説があることから厳密には確定できないが、 最古の記録は真筆本の奥書であり、 少なくとも康元元 (1256) 年から康元二 (1257) 年までの間に成立していたことは明らかである。 真筆本各巻の奥書は次の通りである。
 上本 「康元元丁巳正月二日書之/愚禿親鸞 八十五歳
 上末 「康元元年 十月十三日/愚禿親鸞 八十四歳/書之」
    「康元二歳正月一日校之」
 中本 「康元元丁巳正月二日/愚禿親鸞 八十五歳 校了」
 中末 「康元元年 十月十四日/愚禿親鸞 八十四歳/書写之」
 下本 「康元元丙辰十月日書之/愚禿親鸞 八十四歳
 下末 「康元元丙辰十一月八日/愚禿親鸞 八十四歳 書之」
 なお、 上本および中本の奥書にある 「康元元年」 は二年の誤りとみられている。 このように上・中・下、 本・末の順を前後して書写されており、 本抄の分冊と書写の事情については、 おおよそ以下のように考えられている。 すなわち、 宗祖は当初、 三冊の予定で、 上巻と中巻は康元元年十月十三日と十月十四日の一日の差で書写し終え、 この時点では本・末に分けられていなかった。 しかし、 下巻は最初から本・末を分冊して書写された。 その後、 上巻校了の翌日に、 中巻の校正を始めて中本・中末に分冊し、 それとともに上巻を上本・上末の二冊に分けたために、 上本・中本は同日の奥書が生じたのではないか、 との見解である。 また、 このような見解は内題が、 上末・中末になく、 下本ではすべて一筆であるのに上本・中本では 「本」 の字は追筆とみられることとも一致する。 また、 ¬和語灯録¼ の成立が文永十二 (1275) 年であり、 それより十八年も先行して成立した本抄は、 現存最古の源空聖人に関する言行録という点において重要な位置付けにある。