新年 (1月2日)
門松や 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし (伝一休作)
上辺のめでたさに浮かれることなく、ほんとうの拠り処を問い求めたいものです。
私 (1月6日)
私には何もない
私はただの空っぽだ
ただの空っぽのいたずら者を
弥陀のお慈悲が埋め尽くす
寝息 (1月13日)
飼っている犬を、夜の間は家の中に入れてやる習慣になってしまいました。寒がりではないのですがさみしがり屋で、自分だけ一人外にいるのが耐えられないようなのです。
家族の近くにいると安心するらしく、たいていはどこかで大人しく寝ています。メールアドレスなどで使う‘@’を、日本では素直に「アット・マーク」と呼んでいますが、「子犬」と呼ぶ国もあるそうです。ほんとうにその通り、きれいな‘@’の形に丸まって寝ます。
近くで寝ていると、フン……、フン……、フン…… とかすかな寝息が聞えます。妙に、「生きているんだなあ」と納得させられます。今も、その声が聞えている。
私が「生きている」様は、どのように如来に届いているのでしょうか。