ぼくと宇宙人、出会う。
そいつとぼくが始めて出会ったのは、四月一日。場所は、近所の森だった。
「なぁ、この道の奥って、一体何があるんだろう?」
友達の秀がそんなことを言い始めたのがことの発端。
秀は近所に住む幼なじみ。野球と太陽を愛するスポーツ少年で、ぼくと一緒の少年野球チームに入っている。その日は、近所にある児童公園でキャッチボールをしたりして遊んでいた。
公園は山のそばにあって、公園の奥から、さらに山深くに向かって林道が伸びている。確かに、冒険盛りの小5のぼくたちには、好奇心をかきたてられる場所だ。
「行ったことないね……。」
「……行ってみる……?」
ぼくと秀は顔を見合わせる。
どちらかがウンという必要はなかった。
林道は1メートルくらいの幅で、森の奥に向かって伸びていた。森といっても杉の木が多いので、下草は気にならない。360度ほぼ杉の木にしめられた世界を、ぼくたちは荷物を背負いながら黙々と進む。前が気になるんだけど、秀が前を歩いているので、ぼくにはよく見えない。秀はぼくより背が高いんだ。
そうして10分ほど歩いたとき、
「おっ。」
いきなり、秀が立ち止まるので、ぼくは危うくぶつかりそうになった。見ると、秀の足元に、妙な形の金属片らしきものが転がっていた。秀がそれを拾い上げる。
「何だ? これ。」
けげんな顔をする秀。ぼくにもそれが何なんだか見当がつかない。こんなところにこんなものを誰が持ってきたんだろう。よくわからないので、とりあえず秀はそれをリュックサックの中に入れた。
林道では、他に仏様のような形の木の枝や、からのビニール袋、軍手、古い荷物紐などなど、けっこういろいろな物を拾った。探検の成果としてリュックサックに入れておく。これだけでも「探検した!」って感じがする。
さらに5分くらい歩くと、急に、視界が開けた。
「へぇー。」
秀が驚いた声を上げる。ぼくも秀の後ろから様子を見て、
「何、ここ……。」
声を上げた。
車が3台くらい止まれそうなスペースが森の中にあって、日の光が木の陰を映し出していた。そして、そこに、たくさんのお地蔵様が並んでいたのだ。
「1、2……。」
秀が数えて、全部で88体いるといった。
「なんだろう、ここ?」
秀がいう。そう言われても、ぼくは同じことを秀にきこうとしてたんだ。
「大発見だね、こりゃ。」
ここがいったい何なのかはおいといて、ぼくは秀に言う。冒険の成果はけっこう大きいぞ。森の中にこんなスペースがあるなんて、今まできいたこともなかった。
風がザワザワと音を立てる。あたりが急に涼しくなって、妙に神秘的な雰囲気になった。
お地蔵様の一人と目が合う。ぼくは何気なく、そのお地蔵様に手を合わせた。
その瞬間。
フィイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!
耳の奥に響くような高い音がする。電車が駅に止まるときに出すような音だ。
思わず耳を押さえて。音の方向、上を見ると、そこには光るなぞの物体!
「……ユ、ユーフォー?」
秀とぼくがほぼ同時に同じことを言った。「手っをっ合わせて……」って、違う! ぼくはお地蔵様に手を合わせたのであって、ユーフォーを呼び出そうと手を合わせたんじゃない! と、そんな馬鹿なことを半分本気で考えた。
逃げようと思ったんだけど、恐怖と好奇心で、体がうまく動かない。
高い音にそろそろ頭がいたくなってきたころ。ユーフォーはぼくたちの目の前にふわりと着陸した。
ユーフォーをよく見ると、大きさは、ワゴン車一台分くらい。光っているのは下の部分で、上の部分は滑らかな光沢のある、たぶん金属のようなもので覆われていた。形は楕円形に近い。
「なにかな? これ。ユーフォー?」
秀がまたきく。
「さぁ……。たぶん。」
ユーフォーは宇宙人の乗り物というけれど、見ているうちに壁の一部に隙間が開いて。……中から宇宙人が……本当に出てきた……。
「…………!」
さすがに今度は、秀もぼくも声が出せなかった。妙にリアリティのある夢かとも思った。
冷静に考えたら、空から物体が落ちてきて、中から生き物がでてきたとき、「宇宙人だ!」って思うのはとても短絡的だった気もするけど、あの時はおかしなほど簡単に「宇宙人」という突拍子もない考えが浮かんできたんだ。変なことを冷静に考えてしまうような状態って、あるだろう? そんな感じ。
顔はよくわからない。大きなヘルメットのようなものをかぶっているからだ。体にもなめらかな銀色の服をまとっている。いかにもな宇宙人スタイルだ。
宇宙人はぼくたちに気がつかないらしく、ユーフォーから出てきたあと、しばらくあたりを眺めていた。そして、やっとぼくたちに気づくと、
「なっ、何だ君たちは!!」
と叫んだ。それはこっちのせりふだと思った。
宇宙人は叫んだあと、少し落ち着きを取り戻し、固まっているぼくたちをしげしげと観察して、
「君たち……、地球人?」
ときいた。とりあえずうなずくぼくたち。すると宇宙人はほっとした様子で、
「じゃ、ここは地球なんだね?」
「はあ……、そりゃぁ。」
「よかった! 一時はどうなるかと思ったんだけど。」
とてもうれしそうな顔をする宇宙人。しかし、ぼくたちは何がなんだか、ついていけない。
そういえば、この宇宙人はとてもりゅうちょうな日本語を話している。ぼくたちが思うような、「ワ・レ・ワ・レ・ワ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ。」みたいな感じじゃない。
「あ、あのぉ。」
勇気を出して、ぼくは宇宙人に話しかける。たぶん、日本語は通じると思う。
「ん? なんだい?」
「あなた……誰?」
本当は「あなたは誰ですか?」とでもきいたほうがおぎょうぎがよかったんだけど。緊張していて言葉がうまくでない。
「あぁ、ぼくはエティロエティムって言うんだ。君は?」
「角田、流一……。」
「南、秀、です……。」
おどおどと自己紹介するぼくたち。宇宙人はエティロエティムというらしいけど、エティロエティムって結局なんなんだよ。
「角田君に南君だね。こんにちは。」
「こ、こんにちは。」
ぼくたちはあわてて頭を下げる。
とりあえず、この宇宙人は、
「……? どうしてそんなにおどおどしているんだい?」
宇宙人はやっと、ぼくたちの様子に気がついたようだ。宇宙人は不思議そうだけど、初対面の宇宙人に対して「それはそれは、ようこそ地球においでくださいました。わたしは佐藤太郎といいます。今回はどのようなご用件で?」と完璧にスキンシップがとれる日本人なんて、普通いないと思う。
「そうか、地球人は宇宙人の来訪になれていないんだったね。」
なれるなれないの問題じゃない。
「うん、ちょっと説明するから、そこに座って待っていてくれ。ちょっとユーフォーのエンジンをきっておかないと……。」
宇宙人が一度ユーフォーの中に退散する。そのとたん、金縛りが解けたかのように、ぼくと秀はどてっと座り込んでしまった。
ユーフォーの光と音がおさまって、完全に地面にくっついた。また宇宙人がでてくる。そのころには、ぼくたちもやっとのこと落ち着いて、
「やっぱりこれはユーフォーだよな。」
「トリックでも、夢でもないよね。」
と会話もできるようになった。ただ、落ち着いてみても、やはり目の前のものは地球の科学力をこえた、ユーフォーに他ならないのが、問題だ。
「おまたせおまたせ!」
宇宙人はぼくたちのそばに腰を下ろす。
「さて、と。何から話せばいいかな。」
そういって、宇宙人は顔を覆っていたヘルメットをとった。中からでてきたのは、ぼくたちが思うようなエイリアン顔ではなくって、意外と人間に近い顔だった。ただ、髪が緑色で肌の色が赤い。たとえるならどっかの国のサポーターみたいな顔をしている。顔立ちは、こどもっぽい。
「……何か?」
ぼくがしげしげと眺めているのに気づいて、宇宙人は聞く。
「……いや、べつに!」
ぼくは顔をぶんぶん振って、あわてて話題をそらす。
「えっと……。宇宙人さんはどこの星から来たの?」
「エティロエティム。」
エティロエティムがちょっといやな顔をする。そりゃぁまぁ、ぼくだって、「やぁ、人間」って呼ばれてうれしくはないな。
「ぼくは、ライ・トゥフギルという星から来たんだ。つまり、君たち流に言うと、ぼくはライ・トゥフギル人ということになるね。」
「ラ、ライ……?」
「ライ・トゥフギル。」
ライ・トゥフギル語の発音は日本人には難しいと思った。
「そこは、どんな星なんですか?」
秀が口を開いた。
「そうだねぇ。わりと地球と似た星みたいだよ。大きさとか、気候とか、大気とか。ここからはどのくらい離れた位置にあるのかな……。たぶん、地球でいま観測できる天体のさらに5倍くらいは離れたところだよ。」
答えのスケールが大きすぎてまったくイメージできない。
「ぼくが住んでいるのは、アボンレプスという国の、アボンという首都なんだけど……。」
「アボンレプス? アボン?」
「そう。アボンレプス国アボン市3番区画4‐9‐6。知らないのも当然だよ。ここからは何光年も離れたところだからね。……ところで、ここは、地球の、どこ?」
「えーっと。」
ぼくより先に、秀が答えた。
「うまく言えないけど、地球、日本国、山口県鹿渡郡鹿原町字向野……?」
秀の言葉の語尾が「?」になっている。普段、地球とか日本国とかつけたことがないから不自然な感じがするんだ。
それを聞くと、エティロエティムはちょっとおどろいたようだった。
「ここは日本なのかい。それにしてはイメージが違うなぁ。日本人っていうと、『キモノ』っていう服をきて、帯で縛って、刀という刃物を腰に差して、出っ歯で、髪はつんつんに固めて、緑色に染めて、顔は黒く塗ってまぶたにシールを張って、鉢巻を巻いて、めがねをかけていて、カメラをいつも持ち歩いていて、意味のわからないにやにや笑いをする国だって聞いたけど。」
江戸時代の侍と、一昔前の日本人のイメージと、さらに渋谷の一昔前の若者像を足して3で割ったような、妙な姿が頭に浮かぶ。とんでもない思い違いだ。どうやって、そんなばらばらな情報を手に入れたんだか。
「それ……、誰に聞いたの?」
「アボン大学の教授。」
「大学……。あるんだ。」
「うん、その辺も地球に似ているらしいね。ぼくはそこで、『ライ・トゥフギル外生命体研究学』を専攻していてね、今回は地球の人間の研究をしにここへ来たんだけど、計器の調子が悪くて、思わぬところに着地しちゃったらしいんだ。」
「本当はどこに行くつもりだったの?」
「ウラジオストク。」
「ウ、ウラジオストク?」
ぼくも秀もおどろきはしたけど、実はどっちも、ウラジオストクがどこにあるのかわかっていなかった。(あとで、調べると、ロシア東部にある町で、シベリア鉄道の終着地点だったりするらしい。)
「でも、ウラジオストクにつくつもりだったのに、何で、日本語をペラペラ話せるの?」
「え? この言葉は日本語だったのかい? ロシア語と教わったんだけど。」
都合のいい間違いだ。とっても。
「……ライ・トゥフギルにある地球の情報って、どっから入ってきたの?」
「以前から、ライ・トゥフギルは地球に使者を派遣しているんだ。ぼくもその一人。本当はウラジオストクの人にお世話になる予定で、その格好までしてきたのに……。」
「そ、その格好?」
秀があぜんとする。ライ・トゥフギルでは、ウラジオストク人のイメージもそうとう間違っているらしい。使者まで送って調べているのに……。
「今からウラジオストクに行くわけにはいかないの?」
ためしにきいてみる。エティロエティムは首を横に振った。
「計器の調子が悪いままでね、もう飛び立つのは難しいね。」
「……大変だね。」
言ってから、ぼくははっと気づいた。エティロエティムの目がそのとたん、キラリと光ったように見えたからだ。
「大変だって、思ってくれるかい!?」
エティロエティムの声が大きくなる。
「実は、日本には、ぼくを受け入れてくれる家がないんだ!」
エティロエティムが語尾に「!」をつけながら言う。ぼくは、とってもいやな予感がしてきた。
「といってもさ! 今から宿を探すのはちょっと不安なんだよ! 初めての星だし!」
ほらほら。ぼくはこのあとの展開がよくわかったので、あらかじめ答えを準備する。
「だから、今日! ぼくを泊めてくれないかな」
「だめ。」
即答。「。」さえつけさせない。
「何で?」
エティロエティムには事態がよく飲み込めていない。ぼくはエティロエティムに説明する。いくらなんでも、宇宙人を気安く泊めるわけにはいかないよ。第一お母さんになんて説明すればいいんだ。説明を聞いて、エティロエティムはしばらく考えた。そしてしばらくして、顔をぱっと輝かせると、
「大丈夫! 心配ないよ。ぼくは君の双子の弟だってことにしとくから。」
といった。双子の弟……。
「無理だよそんなの!」
ぼくは叫んだ。秀も叫んだ。でもその一方でぼくは、この宇宙人ならやれるかもしれないっていう期待も持ったりした。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと待っててね。」
エティロエティムがユーフォーのなかに引っ込む。しばらくして、出てきたエティロエティムの姿をみて、ぼくと秀はものすごく驚いた。服装をのぞいてぼくにそっくりになっていたのだ。さすがは宇宙人、と思った。
「君の家族には、あとでマインドコントロールでもしとくから安心していいよ。」
マインドコントロールまでやるのか。この宇宙人は。
「ねぇ。」
秀が聞いてくる。
「マインドコントロールって、何?」
「うん、まぁ。マインドコントロールってことだろ。」
よくわからないけど、なんだかすごそうじゃないか!
「でも、この服には問題がありそうだね。」
エティロエティムが自分の銀色の服をしげしげと眺める。確かに、この田舎町でそんな格好で歩いたら、どう見ても怪しい人だ。
「うちから、服をもってこようか。」
秀がすこし上を向いた状態で言う。考えるとき、秀は少し上を見上げるくせがあるんだ。
「いいの?」
エティロエティムは、うれしそう。
「大丈夫。うちに帰れば、ぼくには小さくなった服が何着かあるから、持ってくるよ。」
「ありがとう! じゃぁ、ぼくはここで待っているから……何?」
秀が背負っていたリュックサックから、荷物紐を取り出した。そして、エティロエティムを近くの杉の木にぐるぐる巻きにする。
「何するんだ!」
エティロエティムが叫ぶ。
「万が一ってこともあるだろ。」
つまり、秀はエティロエティムが万が一、ぼくにマインドコントロールをかけて誘拐したり、宇宙から軍隊を呼び寄せるのを警戒しているわけだ。秀はまだ、この宇宙人を信用していないらしい。まぁ、宇宙人だしね。
「じゃぁ、一時間くらいかかるかもしれないけど、待っててね。」
「うん。」
「一時間もこうしてるの!?」
エティロエティムの声は無視して、秀がもと来た道をもどっていく。秀がいなくなると、広場にはぼくとエティロエティムの二人だけになった。あと、七人のお地蔵さん。
「地球人は、なかなか人を信用しないものなのかい?」
エティロエティムは、上を向いて顔をしかめる。たぶん、日本で言うところの「ふてくされている」状態なんだろう。
「そういうわけじゃないけど……。なにしろエティロエティムは宇宙人だから。」
エティロエティムの発音に気をつけて、ぼくは返した。
「宇宙人だと、信用できないわけね。」
「それは……。えっと、つまり、自分の知らない星から来た初対面の人が、いきなり『泊めて!』ときたら、びっくりするんだよ。地球人は。」
「だから、何で?」
エティロエティムは納得しない。ぼくも、うまく説明ができなくなって、気まずい時間が続いた。ぼくは、エティロエティムの顔を見るのがつらかったので、お地蔵さんのほうに視線をずらした。
しばらくして、エティロエティムのほうが、口を開いた。
「地球っていうのは、どんな星なの?」
しばらく考える。宇宙人に地球の説明なんかしたことがないので、混乱する。
「それって、たとえばどういうこと?」
「たとえば、大気の成分とか、火山活動の状況とか、水の存在とか、そんなんだよ。」
やはり、宇宙人の考えることはスケールが大きかった。
「そんなに大きな話だと……。答えようがない。大人にきいたら、いいと思うけど。」
「大人? それってなに?」
エティロエティムが聞く。ぼくはまた混乱した。この宇宙人の知識がどれほどのものなのか、さっぱりつかめない。そして、いざ説明しようとすると、ぼくにもよくわからない。
「やがて、わかるよ……。」
ぼくはあいまいに答えた。
そのあとしばらくは、エティロエティムの質問は日本に絞られたので、ぼくも答えることができた。例えば、義務教育の話だとか、国会の話だとか、総理大臣とか、医療の話とか、普段だったらぜったい話さないような内容を、ぼくなりにがんばって話した。ぼくくらいの知識でも、エティロエティムには驚きの内容だったらしい。
「つまり、この国では、誰でも年齢に応じて、教育を受けることができる制度があるんだね?」
義務教育のことらしい。ぼくからすれば、義務教育にこんなに驚くのが信じられない。
「ぼくの国では、教育を受ける人は限られているんだ。例えば、親が大学の教授だったり、国の官僚だったりする人だね。」
それがどういうことなのか、ぼくにはよくわからない。
「ぼくのお父さんは、アボン大学の教授をしているんだ。語学研究科。ぼくのロシア語……じゃない、日本語はそこで覚えたんだよ。日本人の講師がいてね、たしか、坂本さんっていう……。」
「本物の日本人に教わっときながら、言葉以外は間違いばっかりだね。服装とか。」
「会ったことはないんだ。毎回スピーカー越しでね。授業でしか会ったことがないから、当然、とても故郷のことを語り合う時間はなかった。日本に対する間違ったイメージは、たぶん、今までの調査隊の報告のミスだと思うけど……。」
そんなことをしている内に、遠くから足音が聞こえてきた。秀が戻ってきたらしい。
あれ? 足音の数が、なんだか多い。秀のじゃない声まで聞こえる。
やがて、木の陰からひょっこりと、秀が顔を出した。その後ろから、もう一人……。
「た、立羽!」
出てきたのは、クラスメートの加納立羽だった。立羽もこの近所に住んでいるんだ。
「いやー、こっちに来る途中で出会っちゃってさぁ。なりゆきで、こんなことに。」
秀は後ろ頭をかく。秀は立羽が好きだといううわさは、本当だろうか。
「ねぇ、この人がさっき話してたエテロエチムさん?」
春の日差しのようなのんびりした声で、立羽がいう。髪の長い、おっとりした立羽は、クラスの男子から多大な人気がある。
「エティロエティムです。」
きっちりした発音で答えるエティロエティム。秀が戻ってきたので、ぼくはエティロエティムを縛りつけていた荷物紐をほどいた。足が疲れたのか、座り込むエティロエティム。
「すごーい。本物の宇宙人なんて、わたし、初めて会ったわぁ。」
そう言うと立羽はにっこりとエティロエティムに右手を伸ばす。
「???」
「あいさつだよ、あいさつ。」
ぼくはエティロエティムに教えてやった。それを聞いて、エティロエティムは右手を差し出し……。
「このあとどうするの?」
と、きいた。
「つなぐんだよ、手をつなぐの!」
ぼくは無理やりエティロエティムと立羽の手をつなぐ。
「それで、このあとは?」
「はなせばいいいだろ!」
宇宙人にしては、(地球の)常識があるほうなんだろうけど、それでもやっぱり非常識だ。ぼくはだんだんイライラしてきた。
「えーっと、好きな食べ物は何?」
「違ーう! 話すんじゃなくって、手を離すんだよ!」
イライラ、イライラ!
「離したあとは?」
「はなすんだよ。」
「え? だからもう……。」
「だから、会話をするの! トーキング!」
イライラ、イライラ、イライラ!
「好きな食べ物は何?」
「何でそうなるんだ!」
イライラ、イライラ、イライラ、イライラ!
「流一君。あんまりカッカしないで。」
おっとりと立羽になだめられて、ぼくはやっと落ち着いた。
「それにしても、エティエティム。こんな調子じゃぁ、いくらマインドコントロールをしたとはいえ、うちに居つくのは難しいと思う。」
イライラしていた名残で、むっつりとぼくはいった。
「そうだねぇ、そもそも、エティロエテムって名前も問題があるかも。日本人らしくないし。エティロエティンは流一の双子の弟なんだろう?」
これは、秀の意見。
「ぼくの名前はエティロエティムなんだけど……。」
「じゃぁ、いまからエティロエティムさんは、角田流二ということにしましょう!」
立羽が提案する。流一の弟が流二なんて、ちょっと安直だけど、まぁ、わかりやすいし、いいか。
「角田流二?」
エティロエティムが、少しいやそうな顔をする。
「なんだか流一君に似すぎてないか?」
「いいの、お前は流一の双子の弟なんだから。」
ぼくが思うに、たぶん、エティロエティムの国(アボンレプスだっけ?)の名前のつけ方は、日本とちょっと違うんだろう。
「でも……。」
「文句ある?」
立羽におっとりとにらみつけられて、エティロエティム、以下流二(仮名)は観念した。さすがは立羽パワー。立羽はおっとりしていながら、妙な威圧感と、突拍子もない発想の持ち主なのだ。
「それじゃぁ、立羽。ちょと後ろ向いててくれる? 流二が着替えないといけないから。」
秀が立羽に言う。そして、リュックサックから服を取り出した。
「たぶん、流一と同じくらいのサイズでいいよね?」
「うん。そいじゃぁ、流二。その服脱いで。」
「いいけど……。あの、なんで二人ともそんなにぼくを見つめているの?」
流二が気にする。実は、ぼくも秀も、流二がどんな風にその銀色ベールの服を脱ぐのかがとっても気になっているのだ。
「えぇー、ずるーい。わたしもその銀色服をどうやって脱ぐのか気になるのにー!」
ぼくたちの心を見透かしたかのように立羽が叫ぶ。妙に勘のいいやつだ。
「立羽は女の子だろ!」
秀が言い返す。
「じゃぁ、流二さんは男の子なん?」
「え?」
そういえば、どうなんだろう。
「流二って、男なの? 女なの?」
「つまり?」
「えっと……。」
秀が顔を少し赤らめる。
「つまり、子供を産むのが女で、産まないのが男だよ。」
と説明した。
「産むよ。」
流二が答える。って、ええ!
「流二って、女なの!?」
「と、いうか。ライ・トゥフギルの人は、みんな産めるよ。結婚したあと、どちらが産むのかはけっこう大事な問題でね。ぼくにも一人息子がいるんだけど、そのときはテモクが産んだんだ。」
「テモクって、流二の奥さん、というか旦那さん?」
「流二ってお父さんだったんだ。」
「まぁ、そんなところだろうね。ライ・トゥフギルではわりと遅い結婚だよ。」
そういうと、流二は服を脱ぎ始めた。どうやって脱ぐのかと思っていたんだけど、なんのことはない。流二は背中のチャックを器用に下ろすと、袖から腕を抜き、最後に足を抜く。順番がまったく地球と同じだ。ちょっとがっかり。流二は手際よく、秀が準備した下着を着、服を着る。そして、
「ちょっと、重いね。」
と感想を言った。ためしに流二の服を持ってみると。なるほど、とっても軽い。しかも肌触りが滑らかだ。
「この服、すごいね。」
「どこが? べつに普通だよ。うわっ、なんかゴワゴワしてる。」
流二は服が気に入らないらしいけど、わざわざもって来てくれた秀に、お礼くらいは言ってもいいんじゃないか?
「でも、通気性がいいね。とっても涼しい。」
あ、一応ほめることもできるんだ。ぼくは少しだけ流二を見直した。実はお父さんだったりして、やっぱり地球人とは何かが違うんだろう。
「もう振り向いてもいい?」
立羽がきくなり振り向いて、流二を見ようとした。そして、
「で、どっちが流二君なん?」
ときいた。流二の容姿はぼくとそっくりなのだ。おまけに、今は服もよく似ている。
「ぼくが流一だよ。ま、これだけ似てりゃ、双子の弟でも通じるかもね。」
実を言うと、ぼくも目の前に自分がいるような気がして、落ち着かない。
「でも、いきなり流二が流一の双子の弟だって説明しても、納得してもらえないんじゃないの? 実際、戸籍とか、服とか、部屋とか、学校の席とか、問題多いし。」
秀が新たな問題を指摘する。もっともな意見だ。
「マインドコントロールだけじゃ、心しか操作できないから、無理があるね。」
「じゃぁ、どうするのさ。」
ぼくと秀、流二が考える。すると立羽が大きく手を上げて、
「じゃぁ、こうするのはどう? 実は、流二君は生まれたあと、戸籍を入れる前に何者かに誘拐されて、あぁ、流二って名前はつけておいたことにしとこうね、それで捜査も打ち切られて、今までずっとナミビアに犯人と暮らしていたの。でも、つらい暮らしにとうとう耐えかねた流二君は、犯人のところを脱出してね、それから、イギリス、サウジアラビアを経て、持ち金が尽きたころやっと日本にたどりついて、双子の兄と運命的な出会いをしたの。」
「なんか、すっげーおおげさな話だな。」
立羽のあまりの想像力にあきれるやら感心するやらの秀が言った。
「うん。それに、なんでナミビアなわけ? ナミビアってどこ?」
「アフリカ。じゃぁ、こういうのは? 実は誘拐犯は子供を欲しがっていただけで、流二はとってもかわいがられて、今まで名前を変えて青森県で暮らしていたの。そんなある日誘拐犯が重病に侵され、余命がもう少ないとわかったの。だからその前に流二を家族の下に返そうとこっそり山口に来て、眠らせていた流二をそっとこの町に放置したの。」
「まだ、現実味があるかなぁ。さっきと比べたらだけど。して、なんで青森なわけ?」
「なんか、遠そうだから。」
「あ、そう。でも、そういうパターンなら、犯人がなにか手紙を残していったりとかするんじゃない?」
「そこは偽造するしかないわねぇ。」
そう言うと立羽はおもむろに、手提げのかばんから便箋とペンを取り出す。
「立羽……。なんでそんなの持ってるの?」
「こんなこともあるかなぁ、と思って。」
さらりと言ってのけると、立羽はペンのキャップをとり、書き始めた。
角田光さま。峰人さま。息子さんをお返しいたしします。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。わたしはもうすぐ死にます。その前に、せめて流二君にはこれからも幸せになってもらおうと思ったしだいです。
山田太郎
つたない文字であっという間にこれだけ書いて、さらにリュックから、水の入ったペットボトルを取り出すと、紙の上に水滴を落とす。
「何? この水滴。」
「涙のあと。こうしたら、なんかリアリティがでるかなぁ、と思って。ほら、字も下手なほうが、感じ出るでしょ。」
すごい立羽パワーを感じる。
「あとは、流二君が、マインドコントロールをしたあと、この手紙を差し出せばいいのよ。そうすれば、戸籍とか、部屋とか、学校の席がないことも、全部解決。それに、犯人はもう死んじゃったし。」
「警察の調書はどうするの?」
「あのね、調書は犯人によって、ある日燃やされてしまったの。」
「…………。」
ぼくと立羽のペースに、秀も流二もついていけていない。口をあけて、ポカンとしている。
「はい、これで万事解決。早速、流一君の家に乗り込みましょう。」
穏やかなペースながら、言っていることはなかなかすごい。それが立羽だ。
「ちょっと、もしかして秀と立羽も来るの?」
「だって、もしかしたら流二君帰還お祝いパーティーに参加できるかもしれないじゃない♡」
語尾にハートまでついた立羽の声を聞いて、ぼくはなんだか不安になった。立羽のねらいは、そこか?
秀と流二もようやくわれに返って、ぼくと立羽のあとを追う。こうして、ぼくらは一路、角田家(つまり、ぼくの家)に向かうのだった。
…………大丈夫かなぁ。こんな調子で。…………。