存覚上人袖日記 解説
 本書は、 存覚上人の撰述である。 存覚上人については ¬存覚一期記¼ を参照されたい。 本書の題号については、 当初からのものではなく、 後人の称であろうと考えられている。 天保三 (1832) 年に本願寺宗主が閲見したとの記録があるといわれ、 そこには 「御袖日記」 とあったとされる。
 本書の内容については、 当時の真宗教団において用いられていた名号本尊や光明本、 高僧・先徳像や太子像など、 存覚上人が見聞した本尊・影像類や、 聖教の調巻・丁数などが書き留められており、 備忘録的な書である。
 本書の大部分を占める本尊・影像類については、 讃銘や絵像の配置、 表書、 裏書、 札などが記されている。 名号本尊は、 「不可思議光」 の九字名号が多いことが特徴で、 光明本は仏光寺系で用いられていたものが多く、 絵像 (阿弥陀如来像) は錦織寺系のものが多いとされる。
 本尊・影像類の上下あるいは左右に記されている讃銘の内容については、 ¬大経¼・¬首楞厳経¼・¬十住毘婆娑論¼・¬浄土論¼・曇鸞大師伝・¬安楽集¼・¬観念法門¼・「玄義分」・智栄嘆善導別徳・¬往生要集¼・源信和尚伝・¬選択本願念仏集¼・隆寛律師の源空 (法然) 聖人讃・「正信偈」・聖徳太子廟記文・皇太子聖徳御縁起などが写されている。 各地に現存する本尊・影像類の銘や裏書などは、 剥落するなどして判読の難しいものも多いが、 本書と照合することによって、 その内容が把握できるものもあり、 本書の記録は貴重である。
 次に、 裏書等に記された願主や画工、 年月日などからは、 制作や授受、 相伝の状況を知ることができる。 殊に錦織寺系本尊の裏書については、 「此本尊者、 自江州木部錦織寺、 所預置……若千万之一有門徒違背者、 須返入本寺者也」 などと、 定型の文言で本尊類授与の事情が記されている。 本書には、 存覚上人が裏書を記している例として、 文和三 (1354) 年の 「真宗烈祖尊像」、 延文三 (1357) 年の 「荻野河真影銘」、 貞治二 (1363) 年の 「久世右馬允本尊」 の三つが認められ、 存覚上人が本尊の授与に関与していたとされる。 画工については、 増賀・高倉仏師・富小路・浄賀・宗舜・朝円などが挙げられている。
 本尊・影像類以外では、 「法然上人御起請文」 (一枚起請文) を書写したもの、 ¬往生要集¼・¬黒谷四十八巻絵詞¼・¬唯信鈔¼・¬後世物語¼・¬仮名大経¼ (浄土三部経)・¬太子伝鈔¼・¬和字選択¼・¬法事讃¼・¬往生講式¼ などの書写料紙に関する記事、 消息・古歌などが収められている。
 本書に収録される項目の中で特筆すべきは、 第一に建長七 (1255) 年宗祖八十三歳の時に描かれた 「安城御影」 を、 文和四 (1355) 年に当時六十六歳の存覚上人が拝見した際の記録である。 その像容と銘文、 裏書等の情報が詳細に記録されており、 存覚上人による註記として 「専海」 や 「明法」 の名が記録されている。 第二に、 覚如上人の葬送についてである。 葬場の選定、 葬送の折に上洛した門弟や焼香の順、 収骨に至るまでが詳しく記されている。 第三に、 門弟についての記事である。 性海・専海・信海・奥州山井流・水橋門徒 (寂証以下) などの各地の門徒の血脈系譜や、 瓜生津・江喜良嶋・奥郡・開田・遠野・毘沙津等の本尊・影像類の記録からは、 宗祖からの系譜や、 門弟間での本尊の相承などの様子を知ることができる。 第四に、 存覚上人自身に関する記事である。 存覚上人安置の本尊や、 「真影タケ」 (「花の御影」 の寸法)、 錦織寺の ¬絵伝¼ などについて記されている。 以上のような多彩な記述内容からは、 当時の真宗教団における本尊のあり方や礼拝の対象、 門弟の様子などを知ることができ、 初期真宗の状況を示す貴重な資料と位置づけられる。 また、 存覚上人自身についても、 門弟等に請われて聖教を書写し、 晩年には本尊や影像の銘や裏書を記していたことが分かる。
 本書の成立については、 存覚上人の後半生のおよそ約四十年に渡って書き記されたと考えられる。 記載年時が判明するもののうち、 最も古いものは、 建武元 (1334) 年存覚上人四十五歳時の 「光明本文」 であり、 応安四 (1371) 年存覚上人八十二歳時の 「方便法身尊形」 までが、 次第に記録されている。
 本書には、 後に蓮如上人が披見した形跡があるとされ、 本書の 「安城御影」 に関する記録は、 蓮如上人による副本の裏書とほぼ一致している。 また、 顕誓の ¬反故裏書¼ に、 存覚上人が 「安城御影」 を見写した様子が記述される中、 「この御頸巻の事、 存覚上人安城の御影の御事しるし存す物、 其の所むしくひありて見え侍ず、 无念の事にこそ人常に不審ある事也」 などとあり、 顕誓が本書を閲覧した際には既に虫損等があったとし、 往事の本書の状態を伝えている。