専修寺蔵本は、 全巻を通じて刊記、 奥書等の開版の事情や年時を知らせる記述がなく、 その成立や伝来を確定することはできないが、 本文の書体や版型、 料紙、 装丁などから判断して、 鎌倉時代の典型的な刊本の特色を備えていることが明らかである。 しかしながら、 外寸や版面の寸法および版下の書体等においては各巻に相異があり、 すべてが同じ規格であるとはいえない。 このことから、 当本は三種類の原版による寄せ本であると考えられている。 第一類は ¬観経疏¼ の四巻であり、 字間が詰まった印象を与えるが、 三種類の中では最も古い版であろうと推定されている。 第二類は ¬法事讃¼ の二巻であり、 一類、 三類のいずれとも異なる書体である。 また、 第三類は ¬観念法門¼ ¬往生礼讃¼ ¬般舟讃¼ の三巻であり、 初摺本かと思われるほどに書体、 摺写ともに鮮明かつ美麗である。 当本の成立年代については、 まず、 第三類の ¬般舟讃¼ をもってその上限を推定することができる。 解説で触れられているように ¬般舟讃¼ 開版の嚆矢は貞永元年であり、 巻尾にはその由来を示した刊記があった。 しかし、 当本の ¬般舟讃¼ にはその刊記がなく、 また刊記のみの脱落も考えにくいことから上限元年版と同版とはできない。 よって板刻は貞永元年以降となる。 次に、 下限について注目されるのは、 ¬往生礼讃¼ で脱落していた日中讃文結讃の初句である 「弥陀仏国能所感」 の一句を、 正安四年の開版時に仁和寺蔵の唐本をもって補訂したことが知真の付記により知られる点である。 当本ではこの一句が脱落しており、 そのことは当本の版刻が正安四年以前であることを示している。 さらに、 第一類と第二類とには判断する材料がないが、 今日、 当本の表紙外題は宗祖の真筆とされており、 全体を通して成立年時は、 弘長二 (1262) 年の宗祖示寂以前にまで遡ると考えられる。 以上のことから、 当本は貞永元年から弘長二年以前に開版されたものと推定され、 寄せ本ではあるものの五部九巻としての形態を整えた現存最古の貴重な遺冊であるといえる。
各帖の表紙には宗祖の筆と伝えられる外題がある。 なお各帖の包紙には、 各巻の略題が書かれた左下に 「釈顕智」 という袖書があるが、 筆者は真慧であろうといわれている。 また、 本書には全帖に加点が見られる。 墨書を主とし、 一部を朱書としている。 古くは宗祖の筆とされていたが、 その墨書の加点は他の宗祖の筆蹟とはやや異なるものがあり、 送り字に 「𬼀、 下フ、 上ル、 云フ」 などが用いられていることも他の宗祖の加点にはほとんど例をみないもので、 近年筆蹟の上から、 加点者を顕智上人とみる説が提示されている。
その体裁は粘葉装九巻、 半葉六行、 一行十七字、 右左仮名は顕智上人の筆であり、 内題には 「高田専修寺」 の墨印がある。