本書の題号のうち、 「浄土三経」 とは ¬仏説無量寿経¼ (大経) ¬仏説観無量寿経¼ (観経) ¬仏説阿弥陀経¼ (弥陀経) の浄土三部経のことであり、 「往生」 とは、 この場合、 三部経それぞれの内容に基づく大経往生・観経往生・弥陀経往生の三種の往生のことである。 すなわち本書は、 宗祖がそれらの各往生について関連する経論釈を引用して明らかにされ、 真仮を判別して、 三願・三経・三往生という真宗教義の肝要を簡潔に述べられたものである。
 本書には、 「建長七歳乙卯八月六日/愚禿親鸞 八十三歳 書之」 との奥書をもつ本派本願寺蔵の宗祖真筆本と、 「康元二年三月二日書写之/愚禿親鸞 八十五歳」 との奥書をもつ興正派興正寺蔵伝宗祖真筆本とがあり、 それぞれに系統する書写本が存在している。 両者は文言が大きく異なっており、 康元二 (1257) 年本は、 建長七 (1255) 年本より内容が増補されたものとなっているため、 一般に、 建長七年本は 「略本」、 康元二年本は 「広本」 と呼ばれている。
 本書の内容を広本で述べると、 本書は、 「大経往生」 「観経往生」 「弥陀経往生」 との言葉を用いて三種の法義を経論釈を引用しながら明らかにする構成が取られている。 まず 「大経往生」 とは第十八願の法義が開説された ¬大経¼ に基づく法義のことである。 すなわち第十七・第十八願所誓の行信により、 現生において正定聚の位に定まり、 第十一願所誓の真実報土への往生を遂げ、 大涅槃を得る法のことであり、 これを難思議往生とする。 この往生を遂げると、 第二十二願所誓の還相が恵まれるとする。
 また 「観経往生」 とは、 第十九願の法が開説された ¬観経¼ 顕説の内容に基づく法義のことである。 すなわち自力心によって定散の諸善を修し方便化土に往生する法のことであり、 これを 「双樹林下往生」 とする。 ここでは ¬往生要集¼ により報化二土の違いが明かされる。
 最後に 「弥陀経往生」 とは、 第二十願の法義が開説された ¬阿弥陀経¼ 顕説の内容に基づく法義のことである。 すなわち本願を疑惑し、 自力心によって念仏を行じて、 「七宝の牢獄」 「胎宮」 といわれる方便化土へ往生する法のことであり、 これを 「難思往生」 とする。
 次に撰述年時については、 それぞれの奥書から、 略本は宗祖八十三歳の時であり、 広本は宗祖八十五歳の時である。 広本は、 その内容から、 略本脱稿の二年後に、 ¬如来二種廻向文¼ と統合され再編されたものとなっていることがわかり、 「大経往生」 の部分で第十七願や成就文が加えられている。
 本書の撰述の背景については、 真筆本の略本は本来の表紙が失われており、 袖書きなどによって情報を得ることはできない。 ただ、 現存する表紙見返には 「横曾根報恩寺」 の黒印があり、 もとは、 宗祖の門弟である性信の下総横曾根報恩寺に伝来したことが知られる。 本書の述作年時である建長七年頃は、 東国で慈信房 (善鸞) の事件が起きていた時期であり、 本書の撰述との関係を指摘する説もある。