西本願寺本は、 板東本が 「草稿本」 と称されるのに対して、 「清書本」 と呼ばれ、 また第八代蓮如上人の吉崎時代に、 本光房了顕が火中で腹下に入れて護持したという 「腹篭りの聖教」 としても知られる。 古来より宗祖の真筆とされてきた。 しかしこの書写本の奥書にある 「弘長二歳壬戌十一え月廿八日/未刻親鸞聖人御入滅也」 との記述を本文と同筆とする説が有力となり、 現在では宗祖示寂後の書写とする見方が大勢である。 なお、 この奥書の後には裁断された跡があり、 同系統の書写本である福井県浄得寺蔵室町時代末期書写本によれば、 その部分には 「御歳九十歳同廿九日戌時/東山御葬送同日御舎利蔵/仏滅後 二千百三十五歳入末法後七百三十五歳 当文永十二/ 也 依賢劫経仁王経涅槃経等説言」 との記述があったことが知られる。 この記述にしたがえば、 西本願寺本は文永十二 (1275) 年の書写ということになり、 宗祖の十三回忌を機縁に書写されたものとも言われるが、 現在も書写者は明らかではない。 西本願寺本の特徴は、 従来 「清書本」 と呼ばれてきたように、 誤写が少なく、 引文や私釈について改行が施され整然とした体裁を持つ点にある。 また正応四 (1291) 年の ¬教行信証¼ 開版の底本を探る上でも注目される本であり、 保存状態も良好なことから、 板東本の 「総序」 「教文類」 等に見られる失欠箇所が確認できる。
 体裁は半葉七行、 一行十二字内外であり、 表紙の外題は蓮如上人の筆である。 また板東本とは異なり、 「教文類」 「行文類」 は各一冊であり、 「化身土文類」 は分冊されていない。 標挙は旧表紙見返に置かれているが、 「化身土文類」 は旧表紙が失われているため標挙がない。