房山石経 (遼金刻経) は、 隋の静婉が末法の世の中の到来に備えて、 石版に経の文言を彫り、 石室に収めておくという大願のもとに作成されたものであり、 その事業は約一千年にわたって続けられた。 房山石経は主に隋代・唐代・遼代のものがあり、 唐代の開元年間と遼代とに刻経活動の最盛期を迎えた。 唐代の石経は、 開元十八 (730) 年、 玄宗の妹である金仙公主によって開元大蔵経が雲居寺に下賜され、 それを底本として刻まれた。 また、 遼代の石経は横長で小ぶりであり、 契丹蔵を底本として刻まれた。 影印本としては、 ¬房山石経¼ (中国仏教協会) がある。