底本は石川県専光寺に蔵せられる。 本断簡は、 聖徳太子が自記されたとの由来をもつ偈文の一部分であり、 「聖徳太子廟窟偈」 「磯長廟窟偈」 等と通称されている。 本偈は、 磯長御廟に太子と太子母君とが合葬されてあるとの伝承から、 中世に太子信仰が興隆するに伴って広く普及したものである。 宗祖が太子を深く尊崇されたことは、 六角堂への参篭や、 太子を讃詠した和讃を非常に多く制作されていることからも広く知られていることであるが、 本断簡は、 またそうした一面を示すものである。
 内容について、 本断簡のものは、 当時最も流布したとされる偈文との間に文言の出没があるため、 従来は宗祖による抄出と言われてきたが、 近年の研究によって、 宗祖所覧の偈文では、 本断簡のごとく一続きとなっていたのではないかと言われている。 現在は、 真宗大谷派第十三代宣如上人の極書が付され、 軸装されている。